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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.488

人気漫画家・押見修造の思春期の体験を映画化! 苦い青春『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』

 将来性豊かな南沙良と蒔田彩珠だが、どちらも本作が初めての映画主演。吃音や音痴に悩む主人公たちの繊細な内面にどうアプローチすればいいのか戸惑う2人に対し、湯浅監督は細かい演技指導はしないという立場を貫いた。2人は本気で悩み、日々のシーンを手探りで演じていくしかなかった。加代が音痴なことをつい笑ってしまった志乃は、路上で大号泣しながら謝る。自分がコンプレックスで苦しんでいるのに、他人のことを笑うなんてサイテーだ。志乃役を演じる南沙良は涙と鼻水が滝のように流れ落ちるのを手でぬぐうこともせず、言葉にできない感情を爆発させる。役と本人がシンクロしていく瞬間を、我々は目撃することになる。

 和解した志乃と加代はバンドを組んで、秋の文化祭出場を目指す。うまくしゃべることはできない志乃だが、歌を歌うことは平気だった。しかも、澄んだ声の持ち主だった。バンド名は「しのかよ」。夏休みの間、2人は度胸づけのために、隣町まで出掛けて路上演奏することを日課にした。「しのかよ」がバンドとして成長していく様子を、原作よりも映画はたっぷり時間を割いて描いていく。ロケ地となった静岡県沼津市の海沿いののどかな風景の中で、不器用な2人の少女がゆっくりと友情を育んでいく姿が無性に愛おしく思える。

お調子者の菊地(萩原利久)が仲間に入れてほしいと頼んできた。女同士の微妙なバランスに歪みが生じてしまう。

 無為な日々を過ごしていた女子高生たちが、文化祭に向けて張り切っちゃう青春ストーリーといえば、山下敦弘監督の『リンダリンダリンダ』(05)が思い浮かぶが、香椎由宇やペ・ドゥナたちがブルーハーツのお気楽コピーバンドだったのに比べ、近年の青春映画はハードルが高い。劇場アニメ『心が叫びたがってるんだ。』(15)がオリジナルのミュージカルを上演するように、「しのかよ」もオリジナル曲で文化祭のステージに立とうとする。加代が作曲、志乃が作詞して歌うという、加代が考えたプランだった。加代という親友ができたことに充分満足している志乃に、これは重荷だった。さらに志乃の吃音をクラスで真っ先に笑った男子の菊地(萩原利久)がバンドに入れてほしいと懇願してくる。お調子者に見える菊地だが、空気をいつも読めず、中学時代はイジメに遭っていた。「しのかよ」の路上演奏を見て、感激したというのだ。文化祭が近づくが、志乃と加代の間にビミョーな距離が生じていく。10代の彼女らにとって、このビミョーな隙き間は大きな溝となってしまう。

 原作コミックのあとがきを読むと、押見修造は中学2年のときに吃音に悩み、言いたいことが口にできない内向的な性格になったと述べている。だが、そのお陰で他人の表情や仕草から内面を読み取る能力が発達し、蓄積した想いを漫画執筆へと昇華できるようになったと思春期の悩みをポジティブなものへと転嫁している。新作アニメ『未来のミライ』が7月20日(土)から公開される細田守監督も、子どもの頃は吃音でうまくしゃべることができなかったそうだ。ロックバンド「オアシス」のノエル・ギャラガーも吃音をわずらっていたらしい。吃音症でなくても、心で思っていることをうまく言えずにいる人は多いはず。情感豊かな人なら、なおさらだろう。多分、言葉ではうまく表現できない複雑な想いを形にして解放するために、音楽や映画や漫画は存在するんだと思う。

 どんなに笑われても、かっこ悪くても、どうしても誰かに伝えたい想いがある。美少女アイドルたちの輝きを数多く撮ってきた湯浅監督は、そんなテーマの輝けない物語を自分の長編デビュー作に選んだ。表現者たちの想いが『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』には込められている。
(文=長野辰次)

『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』
原作/押見修造 脚本/足立紳 監督/湯浅弘章
出演/南沙良、蒔田彩珠、萩原利久、小柳まいか、池田朱那、柿本朱里、中田美優、蒼波純、渡辺哲、山田キヌヲ、奥貫薫
配給/ビターズ・エンド 7月14日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
(c)押見修造/太田出版(c)2017「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」製作委員会
http://www.bitters.co.jp/shinochan

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最終更新:2018/07/13 19:03
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