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金融危機を生んだ「悪の枢軸」の正体 なぜ、金融工学は叩かれたのか?

konno.jpg金融工学の国内第一人者・今野浩教授。

 米国発の金融危機から早くも1年を迎える。その危機において、”諸悪の根源”と呼ばれるような扱いを受けた金融工学。だが一般的には、いまだに金融工学の実態はあまり知られていない。今回、日本の金融工学のパイオニアである中央大学・理工学部経営システム工学科の今野浩教授に話を聞く機会を得た。同教授は、金融危機と自身の学問との関係をどう見ているのか?

――今回の金融危機では、「金融工学」が悪者扱いされた印象がありますが、そもそもこの学問自体、世間ではよく知られていません。


今野 定義はさまざまですが、「将来の不確実なお金の流れを測定して、それをコントロールする学問」というのが私の定義です。よりわかりやすくいえば、お金にかかわるリスク管理ということになりますね。80年代から、アメリカが牽引する形で金融市場の自由化が急速に進み、複雑な金融商品が売り出され、そこに高度な数理技術や計算機技術などを使うことが必要となって、金融工学が発達してきたんです。国が金融を統制しているときは、そういう発想はなかった。80年代まで、国内でファイナンス理論をしっかり教えていたところは一橋大と神戸大ぐらいで、いろいろな大学の経済学部でも金融理論について教えるようになったのは90年代に入ってからです。

――私たちの周りでは、どのようなものに生かされていますか?

今野 資産運用や信用リスク【註1】の計測や証券化などですね。たとえば、我々がお金を投資信託に預ける際に、投資機関は自分たちのスキルを使ってなるべく高い収益が上がるようにポートフォリオを組む。ここに、さまざまな金融工学技術が使われています。

――今回の金融危機では、やはり金融工学の存在が最悪の状況を招いた一因でしょうか?

今野 一番問題だったのはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)【註2】という金融商品です。これは、債務を負っている企業の信用リスクを売買するもので、簡単にいえば、CDSの買い手は売り手に保険料を支払う。つまり、リスクを肩代わりします。売り手は、その企業が破綻した場合には、買い手に保険金を支払うというものです。この商品の保険料は、過去の倒産確率や各企業の倒産リスクを計算して決められます。このレベルの会社であれば、ここから先、お金を貸している1~2年の期間内に債務不履行になる確率はどのくらいかということを、企業ごとにきちっと計算して、保険料を決めるわけです。

――その計算に、金融工学が使われていると。

今野 ただ、企業が倒産する、しないということを予測するのは、不測の事態が複数かかわってくるので計算が難しいんです。そこで格付け会社が出てくる。彼らは、経営・財務・業界動向などを分析し、企業の信用度を格付けするわけです。たとえば、トリプルA【註3】企業が、1年間で倒産する確率は0.3パーセント、それくらい安全です──となる。大企業の場合は、そういう格付けがそれなりに信用されています。しかし、中小企業の場合、その信用度を測るのは大変厄介です。我々も金融工学を駆使して取り組んでいますが、正確な評価はなかなか難しい。そんな中で、アバウトな格付けがされていたのです。

――そうした「倒産ギャンブル」に、大量の資金が流れ込んだと。

今野 実際に、企業と金融機関間で貸し借りされている金の10倍ぐらいの金が、保険料として流入してきたわけです。保険料を支払っているのは、貸し借りの当事者ではない第三者。こうなると実際には保険ではなく、どの会社がどのくらいの確率で倒産するかを当てるというギャンブルと一緒でしょう。しかも、投資銀行などは、そのCDSを他の商品と束ねたり、またばらしたりして、別の商品として売るわけです。その中には、サブプライムローンを含む各種住宅ローンを束ねたRMBS(住宅ローン担保証券)と一緒にされたものもあった。先ほども言った通り、ひとつの企業の信用度の計算すら難しいのに、それを束ねたものまで格付けするなんて無理なのです。それなのに、そういう商品にまで、格付け会社がトリプルAなどと適当に評価したわけです。

政府、企業、学閥 三位一体で生んだ罪

――その評価に反して、サブプライムローンが破綻したり、予想を超える数の企業が倒産したりしたことで、そうした商品が成立しなくなり、市場は大パニックになったわけですが、その中で金融工学が犯した罪というのは何でしょうか?

今野 金融工学を使って、さまざまなリスクを証券化したことに責任があるのではないかとよくいわれますが、その商品に正負両面あることは、誰もがわかっていたことです。大事なのは、商品特性にあったリスク計算、つまりどういう場合に損をするのかという評価を買い手が認識していなければいけないのですが、その評価を格付け会社がいい加減にしていたということです。

――金融工学自体に罪があるわけではなく、その運用の仕方が間違っていたと。

今野 私は今回の金融危機は、米国政府・ウォール街・ビジネススクールという複合体が生みだしたと考えています。まず、米国では、MBA(経営学修士)を持っていないと、金融ビジネスの経営陣には入れない。Ph ・D(博士課程修了者)ではダメなんです。そのMBAを持った人たちは、実は金融工学の知識が乏しい。ビジネススクール向けの金融の教科書を見るとわかりますが、あるメジャーなテキストでは、デリバティブについて、800ページのうち40ページくらいしか割いていない。しかも、ごくごく初歩的なことだけです。つまり、金融工学を理解せずに、それが万能だと思っている経営陣たちが、「かくかくしかじかの値付けせよ」と金融エンジニアに命じているわけです。

――エンジニアたちは、言われるがままに価格づけしていたのでしょうか?

今野 カーネギーメロン大学のスティーヴン・E・シュレーブ教授も言っていたように、金融工学の責任という意味では、運用面のリスクなどを含めて、その危険性などをエンジニアたちは十分にわかっていたということです。しかし、そういっても経営者は受け入れてくれなかった。また、「そんな危ないものはつくれません」と言ったら、クビになってしまう。単なる下働きの身ですからね。金融工学をやっている人は、結果的にそういうところで危機拡大に加担した。それは金融ビジネスの構造が生んだ罪といえると思います。

――今後、金融工学はどうなっていくのでしょうか?

今野 国内でいえば、金融工学は2回盛り上がった時期があった。米国での金融自由化を受けた80年代後半の第1次ブーム、96年から橋本内閣の金融ビッグバンの後の第2次ブームです。その後、07年まで順調に伸びてきて、08年にドカンと落ちた。それでも、ここから先、私は楽観的です。今回の過ちを反省しつつも、世の中にお金というものがなくならない限り、それに関するさまざまなテクノロジーの研究は絶対に必要です。これまで「将来のキャッシュフローの計量と制御」という仕事は次々と生み出されてきたし、これからも必要となります。日本が金融テクノロジーを捨てたら、未来永劫”金融後進国”のまま。これまで以上に、公共性のあるケースで金融工学は必要とされるはずです。

――具体的には、どういうことでしょう?

今野 今や日本は貿易収支より資本収支のほうが大きい。つまり、物を売ったり買ったりして海外から得られる収入より、海外に投資しているお金からの利息のほうが2倍近くもある状態です。しかし、日本は500兆円以上の資産を海外に持っているのに、資産運用のパフォーマンスは、イギリス、アメリカに比べてコンスタントに1%以上は低いといわれています。つまり1パーセント運用益が上がれば、5兆円収入が増えるのです。日本は資産運用の面での国際競争力を強めるべきで、そこに必要なのが金融テクノロジーです。資本主義社会である以上、金融工学はなくならないし、手放すべきではないのです。
(文=本多カツヒロ/「サイゾー」11月号より)

今野浩(こんの・ひろし)
1940年生まれ。東京大学工学部卒、スタンフォード大学OR学科博士課程修了。東京工業大学教授を経て、中央大学理工学部教授。Ph.D工学博士。近著に『「金融工学」は何をしてきたのか』(日経プレミアシリーズ)がある。

【註1】信用リスク
お金を貸した先(債務者)が、きちんと約束を守って、元本や利息を債権者に支払うかどうかという「信用」に関するリスク。
【註2】CDS
債権を持つ企業に代わって、債権への保険料を支払うことによって、債務不履行(企業の倒産など)が起こったときに損害額を保証してもらう取引。リスクを商品価格に転嫁するデリバティブ(金融派生商品)取引の一種。
【註3】トリプルA
債券の信用力や元利金の支払い能力の健全度や信用度等をランク付けしたもので、トリプルAは最高位、ダブルAはその次のランクを表す。

「金融工学」は何をしてきたのか

勉強しといて損はない?

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最終更新:2009/10/19 11:41

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