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フィリピン最大の刑務所で「王」として君臨した日本人『バタス──刑務所の掟』

batasu.jpg『バタス――刑務所の掟』
(著:藤野眞功/講談社)

 「プリズン・ギャング」という言葉をご存知だろうか。「刑務所で麻薬やギャンブル、暗殺までも手掛ける、囚人による囚人のための秘密組織」だ。本書『バタス――刑務所の掟』は、2万人超の囚人を抱えるフィリピン最大の刑務所に19年間服役し、プリズン・ギャングの頂点に上り詰めた日本人の記録である。

 男の名は、大沢努。高校卒業後、旅行代理店に勤めていた彼は、1975年、23歳の若さで独立し、フィリピンで日本人相手の買春ツアーに力を注いだ。が、78年にパサイ市の置屋に嵌められ拳銃不法所持で逮捕。父親が金を工面し無罪放免となるも、勘当される。日本へ戻った大沢は、フィリピン・コネクションを活かし多くの「ジャパゆき」さんを入国させ、80年に再度マニラへ渡った。


 先の逮捕を機に、大沢は政治の世界に関心を持つようになっていた。現地の有力者のツテを手繰り、「大沢は政府要人に次々と食い込み、もはや拳銃不法所持で逮捕される立場ではなくなっていく」。

〈フィリピンでは、人脈が総ての社会だと大沢は言う。人脈とは、知人でなく家族だ。「知り合い」の名称は金で買えるが、家族は汗と肉体でしか購えないとも〉

 大沢は労を惜しまず己の肉体を差し出し(※尻を貸したのではない。文字通り肉体労働)、時の独裁者・マルコス大統領の「家族」として認められる。しかし、のちにそれが仇となった。

 86年5月、大沢は日本人観光客の「営利誘拐、不法監禁」の罪で再び逮捕。この年の2月、マルコス政権はエドゥサ革命により打倒されている。大沢の逮捕は、警察内のアキノ派にとって好都合だった。「腐敗しきったマルコス残党」は死刑宣告を受け、モンテンルパ刑務所に収監(※87年に死刑制度は撤廃され、大沢は無期懲役となる)。

 刑務所の均衡は、12ものプリズン・ギャングのコマンダー(ボス)と刑務局の折衝により保たれていた。そして「モンテンルパでは生活に纏わるあらゆる部分で、まさに社会と同じように金がかかる」。逆にいえば、金さえあれば覚醒剤だろうが商売女だろうが手に入らないものはなかった。ゆえに、ほとんどの囚人は金を稼ぐために仕事をする。彼らの主な収入源である粗悪なハンディ・クラフトに、大沢は目を付けた。まず腕利きの職人を集めて品質を向上させ、顧客を日本人に絞り、遂には企業向けの輸出ルートを開拓したのだ。

 この新ビジネスはモンテンルパの最大組織・スプートニクにも大きな利益をもたらし、以後、大沢は着々と幹部らの信頼を得ていく。さらに覚醒剤の流通経路も押さえ、スプートニク全体を潤すビジネスモデルをも構築した。

 当然、全てが順調だったわけではない。ここは塀の中。抗争、拷問、殺人、何でもありの、金と暴力が支配する世界である。本書には凄惨な事件の数々も生々しく描かれている。敵対するギャングと一触即発の緊張状態に陥り、武装した囚人がたむろする棟舎に命がけの交渉に出向いたこともあったし、覚醒剤の利権争いもした。幾度となく逆境に立たされながら、大沢は知恵を絞り、密造酒や菜園など新たな商売を捻り出した。かくして93年4月、大沢はスプートニクのコマンダーに任命された……駆け足で要約してみたが、コマンダー在任中も、そして引退後も、大沢は辣腕を振るい続けた。

〈何事も、一度やると決めた以上は徹底的にというのが、モンテンルパで確立した生き抜くための智恵である〉

 本書に収められているのは、著者・藤野眞功氏の綿密な取材に基づいた、誠実な”事実”の積み重ねである。大沢はご立派な人格者でもヒーローでもない、悪党だ。本書には生身の悪党が描かれており、そこに人はしびれる。

 05年2月9日、大沢はモンテンルパ刑務所から出所した。20年ぶりに祖国に降り立ち、向かった先は、母親の待つ浦安の実家(父親は大沢の服役中に亡くなっている)。「フィリピン人よりフィリピン人らしく」振る舞い、史上初の外国人コマンダーになった男は、現在もそこで母親とふたり暮らしをしているという。
(文=須藤輝)

・藤野眞功(ふじの・みさを)
1981年、大阪市生まれ。成蹊大学卒業後、出版社勤務を経て著述業。週刊誌を中心に活動し、「Number」「en-taxi」などでルポルタージュ。文藝評論を発表している。著書に『FBI特別捜査官』(日本文芸社)がある。

バタス――刑務所の掟

史上最強の悪漢。

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最終更新:2010/06/07 18:44
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