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萱野稔人の"超"現代哲学講座 第15回

女性を交換するために作られた近親相姦というタブー

──国家とは、権力とは、そして暴力とはなんなのか……気鋭の哲学者・萱野稔人が、知的実践の手法を用いて、世の中の出来事を解説する──。

第15回テーマ「近親相姦の禁忌が生む社会関係」

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[今月の副読本]
『暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る』
山極寿一著/NHKブックス(07年)/1019円

6500万年前に誕生したという霊長類。その中で我々人類は、霊長類の進化として、争いの原因、和解の方法を身に付けてきた。哺乳類とは明らかに異なる霊長類の行動から、人類の社会性起源に迫る意欲作。



 これまで2回にわたって「人を殺してはいけない」という道徳と死刑との関係について考えてきました。「人を殺してはいけない」という道徳はあらゆる社会に見いだされる普遍的な道徳ですが、もしこれと同じくらい普遍的な道徳がほかにもあるとしたら、それは何だと皆さんなら答えるでしょうか。

 2008年4月9日の朝日新聞(web版)にはこんな記事がありました。少し引用しましょう。

「オーストラリアで61歳の父と39歳の娘が恋愛関係となり、2人の間には生後9カ月の女の子まで誕生。2人は豪民放テレビ番組に出演し、『私たちは成人として同意して関係を持った』などと理解を求めたが、視聴者らからは『不謹慎だ』『生まれた子どもは将来何と思うだろうか』といった非難が噴出している。

 2人は南オーストラリア州に住むジョン・ディーブスさん(61)とジェニファーさん(39)。ジェニファーさんが幼児の時にジョンさんは最初の妻と離婚。父娘は00年に30年ぶりに再会したが、お互い親子とは気づかなかったという。ジェニファーさんは『クラブで出会うような男性として意識し、深い関係となった』。2人は3月、州裁判所から性交渉禁止と3年間の保護観察処分の命令を受けた」

 オーストラリアはほかの先進国と同じように自由恋愛が認められている社会です。にもかかわらず、なぜこのカップルに対して視聴者から非難が噴出したのでしょうか。それは、夫婦間を除く近親者の間で性交や結婚を禁止するという強固な道徳規範がそこにはあるからです。その禁止を「インセスト・タブー」といいます。このタブーは、家族という制度があるところ、文化や歴史を超えて、あらゆる社会に見いだされるものであり、「人を殺してはいけない」という道徳に匹敵するほどの普遍性を持った道徳規範です。

 では、なぜインセスト・タブーなどという道徳規範がこんなにも広く存在するのでしょうか。フランスの人類学者、クロード・レヴィ=ストロースはインセスト・タブーを、集団間で女性の交換を実現するための制度だと考えました。要するに、家族の中に、家族内の誰とも性交渉をしてはいけない娘をつくって、その娘をほかの家族との間で交換する、ということですね。これが結婚制度の原型となりました。結婚はもともといくつもの親族間で娘を交換する制度として始まったのです。20世紀に入るまで、恋愛結婚などというものがほとんど存在しなかったのは、そのためです。

 とはいえ、そもそもなぜ娘を親族間で交換する必要があったのでしょうか。それは親族間で新たな姻族関係を結び、より大きな共同体のもとでの協力関係をつくるためです。かつての貴族同士の結婚が政略によってなされていたことを考えるとわかりやすいかもしれません。結婚はこの点で非常に共同体的なものです。家族という共同体の発展のために、そしてその家族がほかの家族とより大きな共同体的な関係に入るために、なされるわけですから。

 これに対して恋愛は個人主義的です。今でも少なからぬ人が恋愛と結婚は別だと考えていたり、恋愛では考慮しなくてもよかった家族の意向が結婚では重視されたりするのは、両者のそもそもの性格の違いがあるからです(その両者が一致してきたのが20世紀でした)。

 もともとの結婚では家族間で協力関係をつくるために娘を差し出すわけですから、その娘は相手側の家族(の若旦那)が所有するに足る貴重なものでなくてはなりません。だからこそインセスト・タブーが強い道徳規範として確立したのです。若い娘の性の管理に社会が大きな関心を持つのもこのためです。インセスト・タブーとは、本来なら男たちの奪い合いの対象となりうる娘の性を、親族間の協力関係を築くための交渉材料として用いる制度なのです。

 では、そもそもなぜ家族というものが存在するのでしょうか。インセスト・タブーが家族の間で女性を交換するための制度だとするなら、その女性を交換する家族とはなんなのでしょうか。

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最終更新:2011/10/07 10:30
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