日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > 狂気とポップカルチャーが融合!? 香港のアーティストが追求する”不完全な美”
アジア・ポップカルチャーNOW!【vol.22】

狂気とポップカルチャーが融合!? 香港のアーティストが追求する”不完全な美”

the-161-series.jpg“the 161 series” (c)Tore

 『AKIRA』『ドラゴンボール』『ドラえもん』……子どものころ、僕らの心をアツくさせた漫画やアニメが、海の向こうに住むアジアの子どもたちの心にも火をつけていた。今や日本人だけのものではなくなった、ジャパニーズ・ポップカルチャー。その影響を受けて育った、アジアの才能豊かなクリエーターたちを紹介します。

第22回
アーティスト

Tore Cheung (トーレ・チョン)

 香港のアーティスト、Tore(トーレ)は現在27歳。絵はまったくの独学だが、大学卒業後、フリーで活動を始めると、すぐにその才能が認められ、イラストレーターとして雑誌や新聞で活躍するようになる。本人は「ビギナーズ・ラックだった」というが、その作風には、技術を超えた個性が際立っている。

D0019753.jpg『おにいさまへ…DVD-BOX1』
(パイオニアLDC)

 少女漫画のようにきらきら星の目を持つ女の子たち。はっきりとした明るい色づかい。しかし、ポップだからこそ逆に危険な香りが際立つ背景の中で描かれた彼女たちの表情は、深い狂気をはらんでいる。

 幼いころ、朝ご飯のときに必ずテレビで見ていたアニメ、『おにいさまへ…』(NHK、出崎統監督)。

「なんでその番組がついていたのかよく分からないんですが……とにかく毎日、朝ご飯を食べながらショックを受けていました」

 自殺やドラッグ、レズビアンや暴力など、およそ子ども向けとはいえない要素がてんこもりだったそのアニメは、幼いトーレに、朝っぱらから大変な恐怖を与えたという。

「きれいで痩せっぽちで、イノセントな瞳を持つ女の子たち、クラシックでアンティークな装い……夢見るような美しさの裏には、暗いメッセージが隠されていたんです」

illustration-for-Jet-Magazi.jpg“illustration for Jet Magazine” (c)Tore

 しかしそれは逆に、彼の世界観を広げることにもなる。

「人生っていろいろあるんだなと。僕が”かわいい、でも怖い”という矛盾したテーマを選ぶのは、この原体験がもたらしたものだと思います」

 幼児期に既に「人生の暗い部分」を疑似体験した彼の1990年代は、日本のポップ・カルチャーとともにあった。カヒミ・カリィ、コーネリアス、ピチカート・ファイヴ。内田有紀や、ともさかりえ、広末涼子、PUFFY……「Zipper」(祥伝社)や「CUTiE」(宝島社)といった女性向けファッション誌は、安くなった古本を買い込み、サンリオが発行する「いちご新聞」(一体どこで手にいれたのか?)まで購読していたという。こうした「渋谷系」のアーティストと「ポップ・スター」やおしゃれガール雑誌は、日本がはじけていた頃の象徴でもある。トーレは「日本のカラフルで楽しいグラフィックやイラストを見るのが大好きだった」という。

Joystick_sticker-project-2.jpg“Joystick_sticker project 2” (c)Tore

 その後、大人になったトーレが追いかけたのは、一転して「日本のダークサイドもの」。荒木経惟の写真、寺山修司の映画、椎名林檎や戸川純の音楽、丸尾末広の漫画、大竹伸朗のコラージュ……。

「僕の作風は、子どもの頃に体験した明るくてスィートな日本と、大人になって知ったダークな日本が混合したものなんです」

 トーレの作品は、香港ではどのように受けとめられているのだろう。トーレによれば「香港人は、分かりやすいものにひかれる傾向がある」という。

new-substance.jpg“new substance” (c)Tore

「アーティストにとってそういう状況は、複雑なアイデアを分かりやい表現に落とし込むという、挑戦しがいのある状況でもあります。ちょうどいいバランスに到達するのは、かなり難しいことだから」

 つまりトーレは、そうした微妙なバランス感覚に優れた表現者なのだ。

 最近、日本の「わびさび」に関する本を読んで感動したという。

「日本人が、”不完全で、永遠のものではない”美をいかに表現するのか、ということに、すごくインスピレーションを受けました」

 かわいさ、怖さ、わびさび……。「来年は個展を開きたい」というトーレは、これからも絶妙なバランスの上で、その作風をより深化させていくのだろう。

tore-portrait.jpg●Tore Cheung
1984年香港生まれ。ドローイング、ペインティング、コラージュを制作するトーレは、香港理工大学でヴィジュアル・コミュニケーションを学び、その後フリーランスとして活動。雑誌やファッション、音楽などの分野で作品を発表している。現在は香港のファッションブランド、Daydream Nationでテキスタイル・デザインも担当。初の作品集は、2009年に出版された『Mexican Bun Crumbs』。
<http://tearmeboreyou.temptemps.com/>

なかにし・たか
アジアのデザイナー、アーティストの日本におけるマネジメント、プロデュースを行なう「ASHU」代表。日本のクリエーターをアジア各国に紹介するプロジェクトにも従事している。著書に『香港特別藝術区』(技術評論社)がある。<http://www.ashu-nk.com >
オンラインTシャツオンデマンド「Tee Party」<http://teeparty.jp/ashu/>

おにいさまへ…DVD-BOX1

アニメの枠を超えたアニメです。

amazon_associate_logo.jpg

■バックナンバー
【vol.21】「人間の欲望を視覚化?」香港人気キャラの生みの親が追求する”醜さの美学”
【vol.20】「故郷・ボルネオ島での原体験が創造力の源」世界で活躍するマレーシアの”ケンヂ”
【vol.19】「人生に起きるすべてのことを細かく観察したい」中国ネット世代のアーティスト
【vol.18】「ヒーローは宮崎駿と奈良美智」シンガポールのマルチスタイル・アーティスト
【vol.17】「ルーツは『天空の城 ラピュタ』」ウォン・カーウァイに見い出された香港の若き才能
【vol.16】怖かわいい魑魅魍魎が暴れ回る! ヤン・ウェイの妖魔的異界
【vol.15】「原点は日本のコミック」東南アジアを席巻する都会派クリエーター
【vol.14】エロ×宗教×故事が混在!? 中国版・寺山修司が造り出すカオスな世界
【vol.13】昼間はOL、夜は寡黙なアーティスト ソン・ニが描く秘密の快楽の世界
【vol.12】まるで初期アニメ ローテクを駆使する南国のアート・ユニット「トロマラマ」
【vol.11】「造形師・竹谷隆之に憧れて……」 1000の触手を持つ、マレーシアのモンスター
【vol.10】“中国のガロ系”!? 80年代以降を代表するコミック・リーダー ヤン・コン
【vol.9】大のラーメンおたく!? シンガポールデザイン界を率いる兄貴、クリス・リー
【vol.8】メイド・イン・ジャパンに憧れて…… 香港の文学系コミック作家・智海
【vol.7】「血眼になってマンガを追いかけた」海賊版文化が育んだ中国の新しい才能
【vol.6】裸人間がわらわら 香港ピクセル・アートティストが放つ”アナログデジタル”な世界
【vol.5】ダメでも笑い飛ばせ! 香港の国民性を体現したグラフィック・ノベリスト
【vol.4】「教科書はガンダムの落書きだらけだった」 香港・原色の魔術師の意外な原点
【vol.3】「懐かしいのに、新しい」 読むほどにクセになる”タイ初の日本漫画家”タムくん
【vol.2】 マイブームはBL!? 香港の腐女子が描きとめる、消えゆく都市の記憶
【vol.1】「 :phunk版ガッチャマンが作りたい」 シンガポール発のデザイン集団が描く夢

最終更新:2013/09/10 11:22
ページ上部へ戻る
トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • twitter
  • feed
特集

【4月開始の春ドラマ】放送日、視聴率・裏事情・忖度なしレビュー!

月9、日曜劇場、木曜劇場…スタート日一覧、最新情報公開中!
写真
インタビュー

『マツコの知らない世界』出演裏話

1月23日放送の『マツコの知らない世界』(T...…
写真
人気連載

水原解雇に間に合わなかった週刊誌スクープ

今週の注目記事・1「水原一平“賭博解雇”『疑...…
写真
イチオシ記事

さや香、今年の『M-1』への出場を示唆

 21日、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)で「賞レース2本目やっちまった芸人」の完結編が放送された。この企画は、『M-1グランプリ』(同)、『キ...…
写真