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大使館主催なのに現政権にも容赦なし

【TAF2012】フランスパンが武器? チュニジアから来たスーパーヒーロー「キャプテンゴブザ」

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 海外からの出展者が目立った東京国際アニメフェア(以下、TAF)2012。その中でも、一際目を引いたのが、チュニジア大使館のブースだ。

 ほかの出展国を見てみると、フランス・スイス・フィンランドとそれなりにアニメ産業もあり、日本に売り込むコンテンツもあるだろうと納得がいく。しかし、チュニジアとアニメーションは、これまでの経験則ではまったく結びつかない。いったい、どんなコンテンツを持っているのか、早速ブースを訪問してみた。

 まず目を引いたのが、ブース内のテーブルに置かれたお菓子である。ほかの国のブースでも、スイスではチョコレート、フィンランドではキシリトールのお菓子を配ったりしていた。ところが、チュニジアのブースは、テーブルの上の大皿に大学芋のような謎のお菓子が半分ラップを開いた状態で山盛りである(ちなみにマクロードというナツメヤシのペーストを使った揚げ菓子であった)。こういうフランクな国は、筆者の最も好むところである。ブースで説明をしてくれたチュニジア大使館のモハメッド・トラベルシ氏が「これが、今チュニジアで最も人気のあるキャラクターです」と示したのは、覆面姿に長いフランスパンを背負った謎の男。そのキャラクターの名は「Captain 5obza(キャプテンゴブザ)」。昨年のジャスミン革命をきっかけに生まれたスーパーヒーローだという。ブースの壁には、フランスパンを手にデモをする民衆のイラストも。

cyuni002.jpgこれがマクロード。一皿丸ごとでもいけそうだ……。

「明日(ブースを訪れたのは1日目)のシンポジウムでは制作者も講演するし、英語字幕のものを上映しますよ」

 というので、翌日ワクワクしながらシンポジウム「チュニジア革命:表現の自由とアニメの創造に対する影響」の会場へと足を運んだ。

■革命で得た言論の自由がここにある

 このキャラクターの生みの親、メヒディ・ラルゲッシュ氏はまず、キャプテンゴブザ誕生までの経緯を説明。ラルゲッシュ氏は、2007年にチュニジアでクリエイター集団「Atelier 216」を設立し、ウェブサイトやアニメーションの制作などさまざまなITサービスを提供している人物。政治にも関心があり、前政権時代はFacebookのアカウントを削除されたこともあるラルゲッシュ氏は、昨年の革命の際に広く報道された一枚の写真に衝撃を受ける。それは、老人がフランスパンを手に機動隊と対峙している写真だった。

 自身もデモに参加していたラルゲッシュ氏は、その写真からキャプテンゴブザというキャラクターを生み出したのだという。

 そして、いよいよ上映開始。“スーパーヒーロー”と聞いていたのだが、イメージとはちょっと違った。劇中、寒波が来てチュニジアの人々が困っているのに、無意味な議論ばかりを続けている国会議員を批判したり、アメリカのオバマ大統領から「よう、新しいイスの座り心地はどうだい? ところで、シリア大使の追放の件、わかってるんだろうな」と半ば脅しの電話を受けて右往左往する現大統領(モンセフ・マルズーキ氏)を描く。……念のため記しておくが、このシンポジウムはチュニジア大使館の主催である。

 キャプテンゴブザは現政権にもシニカルな批判をぶつける、これまでにないヒーローだったのだ。さらに、彼が批判するのは政府だけではない。寒波で困る民衆を描いた作品は、チュニジアでは有名なテレビレポーターに「よく似た人物」たちが民衆の困っている姿だけを撮影し、援助物資が届いた途端に引き揚げていくというストーリーだ。

 この皮肉の効いた作品が、今年1月からはテレビ番組として放送されているという。チュニジアの国民が革命を通じて得た「言論の自由」の大きさ、さらには、革命後の諸外国からの干渉に対するチュニジア民衆の意識を見事に描写している作品といえるだろう。

cyuni003.jpgメヒディ・ラルゲッシュ氏は1979年生まれの若い世代のクリエイターだ。

 シンポジウム後、取材に応じてくれたラルゲッシュ氏にまず聞いたのは、「言論の自由」を獲得したとはいえ、これほど皮肉の効いた作品に対して弾圧はないのかということだ。これに対してラルゲッシュ氏は次のように話してくれた。

「どこの国でも左翼、中道、右翼、それぞれの政治勢力があり、気に入らない作品もあるでしょう。しかし、脅迫や暴力は一度もありません。我々も、ただやみくもに批判をするのではなく、“口汚く罵ることはしない”“ちょっとした笑いを誘う作品に仕上げる”など、線引きはしていますけどね」

 ラルゲッシュ氏の発言からは、獲得した「言論の自由」「表現の自由」を錦の御旗にするのではなく、責任を持って防衛し、成長させていきたいという意志が感じられる。さらに、ラルゲッシュ氏は、こう続ける。

「扉は開かれたのだから、閉じさせるわけにはいけません。この作品を続けていくためには、自分の中に越えてはいけない一線を持つ必要もあると思っています。もちろん、時には弁護士に相談することもありますけどね」

 キャプテンゴブザを通じて、ラルゲッシュ氏が目指しているのは、若い世代が「言論の自由」の下にクリエイティブな活動が行われていることを知って、それを継承し、よりよい作品づくりをする人々が育っていくことだという。

 惜しむらくは、FacebookやYouTubeなどで見ることのできるキャプテンゴブザの作品が、ほぼアラビア語のものしかないこと。せめて英語字幕版は作ってほしいところだ。

「みんなそう言います(笑)。今、ボランティアでやってくれている人もいるけど……日本語字幕でも見られるようにするので、私の会社に投資してくれませんか? それと、(通訳に)あなたも手伝ってヨ!」

 おそらくは、日本人のほとんどは「カルタゴの遺跡があるところ」程度の知識しかないチュニジア。昨年の革命も、やはりどこか遠い国の出来事という意識だったろう。日本からみればつながりが希薄に感じられる国で、こんな新たなスーパーヒーローが存在していた! それを知ることができただけ、今回のTAF2012は「国際」の文字を冠しているだけの価値はあったと感じることができた。

■アニメ以上にチュニジア人は魅力的

 キャプテンゴブザのみならず、チュニジアでは『ドラゴンボール』をはじめ、日本のアニメが既に知られているし、現地でもアニメーション制作は盛んに行われているという。

cyuni005.jpg左がズハイエール・マヒジューブ氏。
中央は通訳の鵜野孝紀さん。

 シンポジウムに登壇したアニメーション作家、マルサ・アニメーション映画および関連芸術振興協会代表のズハイエール・マヒジューブ氏によれば、チュニジアにおけるアニメーション制作の始まりは1960年代からだという。マヒジューブ氏をはじめ、当時の制作者はブルガリア、ルーマニア、チェコなどの東欧諸国でアニメーションの制作を学び、セル、切り絵、パペットなどの手法でチュニジアや、アラブ・イスラム圏などの民話を題材にするものが多かったという。1990年代に入ると西欧で技術を習得し、アマチュアのアニメーションサークルも設立され、現在に至っているそうだ。現在のチュニジアは、ヨーロッパで技術を学んだ人々によるアート志向のアニメーションと、カートゥーンアニメとが交じり合って存在しているといってよい。第一世代であるマヒジューブ氏は違和感があるのか、「最近の若い世代は、制作技術を知らずに日本風のアニメキャラクターのようなものを作ることに熱中しているのです」と批判的とも取れる発言もしていた。けれども、日本のアニメを嫌っているのではない。

「チュニジアではアニメーションの道へ進みたい人は増えているが、専門教育の場が少ないのが現状です。その意味で、日本のアニメシリーズの監督術、レイアウト、キャラの動かし方、背景技術、アニメシリーズの専門的な領域のノウハウは非常に有益です。ぜひ、両国でワークショップを定期的に開催していきたい」(マヒジューブ氏)

 マヒジューブ氏は専門領域のみならず、アフリカ諸国でも定期的に子ども向けのアニメーション制作を利用したワークショップを行っているそうで、シンポジウム後のインタビューでは、内戦のあったコートジボアールで行った、戦争で荒んだ心を氷解させた子ども向けワークショップの成功例(戦争を生き抜いた子どもたちと「和解」をテーマに行うという趣旨のもの)を熱く語ってくれた。

 日本に対してもワークショップの開催を呼びかけるのは、単に技術交流だけが目的ではない。

「チュニジアの若者は、日本に対してまじめでしっかりした国民性、民主主義の確立した国であることをイメージしています。ぜひ、日本の若者にもチュニジアに来て、新しい民主主義を見てもらい、その目にどう映るかを聞きたいと思っているんです。それに、日本人なら、キャプテンゴブザのようなキャラクターをどのように創るかも知りたいと思っているんです」

 資料によれば、マヒジューブ氏は2006年、スタジオジブリの高畑勲氏を招いて日本のアニメーション映画を紹介する初めての試みを行うなど、かなりアクティブに活動している様子。こうした文化交流が、新たな両国のアニメーション制作者にとって創作のヒントになる可能性は高いだろう。ただやはり、惜しむらくは、日本ではチュニジアのアニメーションに触れる機会がほとんどないこと。その旨をマヒジューブ氏に話したところ、3本の短編アニメーションが収録されたDVDをプレゼントしてくれた。取材終了後、さっそく観賞してみたのだが、言葉はわからずとも(字幕がフランス語なので、筆者の語学力だと読んでいる間に話が先に……)、これまでに見たことのない新たな文化に触れワクワク感が止まらなかった。

 ワクワク感といえば、チュニジアのブースでビデオ上映していた『Chateaux de sable(砂の城)』という短編作品も、実写とアニメーションを融合しながらチュニジアの歴史を描いていくという内容で、これまた日本では見たことのない表現の固まりであった。この作品の制作者であるムスタファ・タイエブ氏も、シンポジウムの登壇者に名前が記載されていたのだが「シャイなので……(通訳・談)」という理由で、なぜか舞台に上がらず撮影をしていた。てっきり気むずかしいアーティストかと思ったら、シンポジウム後に一緒にタバコを吸いながら、「昨日はメイド喫茶に行ったよ」という話から、革命におけるアメリカをはじめとした諸国の帝国主義的な干渉の問題まで、話の尽きない人物であった。

 アニメも魅力的だが、人々も魅力的。がぜん興味を持ってしまった。美人も多いらしいので(ラルゲッシュ氏・談)一度は訪問してみたい!
(取材・文=昼間たかし/今回の取材は鵜野孝紀さんの通訳に大変助けられました。ありがとうございました)

パリジャンバゲット 1本

これで日本も立て直したい……。

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最終更新:2013/09/06 16:32
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