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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.325

喪失感を抱えた美しきユートピア『海街diary』食卓に並ぶ家庭料理に溶け込んだ家族との思い出

uchimachi02.jpg新しい妹・すずに地元名物のしらす丼を振る舞う三姉妹。自分たちの好物をすずが受け入れてくれるか、姉たちは気になって仕方ない。

 原作以上に事件らしい事件が起きない是枝版『海街diary』だが、法事シーンが度々登場する。四姉妹の父親の葬儀が原作と同じくオープニングエピソードとなっており、喪失から始まる物語であることが明示されている。父親は不倫相手(すずの母親)と駆け落ちし、それっきり縁が切れてしまっていたので、父親の葬儀に参列しても幸たちは涙が出てこない。泣けないことが余計に辛い。幸たちをかわいがってくれた祖母の法事には、家を出て再婚した母親(大竹しのぶ)が現われる。久々の対面だが、幸と母親はウマが合わず、会うといつも口ゲンカになってしまう。法事の場で、壊れてしまった家族の関係性が改めて露呈することになる。さらに、海街で暮らす人たちにとって重要な人物とのお別れにも姉妹は遭遇する。美しい姉妹たちの成長物語だが、絶えず喪失感が流れ続けている。

 喪失感に押し流されてしまわないように、四姉妹はよく食べる。すずが鎌倉に引っ越してきた初日には、ざるそば&揚げたての天ぷら。いつも母親とケンカしてしまう幸だが、幸の得意料理であるシーフードカレーは母親から直伝されたものだ。湘南名物しらす丼にすずにとっての思い出の味である「しらすトースト」。海猫亭で食べるアジフライもうまそう。様々な家庭料理が次々と食卓に並ぶ。数多くの料理の中でも、長女と次女の影に隠れがちな三女の千佳がこっそり作る「ちくわカレー」はとりわけ味わい深い。千佳がまだ幼い頃に父も母も家を出ていったため、千佳にとって唯一の肉親は亡くなった祖母だった。すでに年頃になっていた幸と佳乃は、祖母が作る「ちくわカレー」をビンボーくさいと嫌ったが、千佳にとっては「ちくわカレー」こそがいちばん家族の温かさを感じさせるメニューだった。幸と佳乃が留守のときを見計らって、千佳は輪切りにしたちくわを煮込んだ特製カレーを新しい妹・すずに食べさせる。慣れない食感にビミョーな顔をするすずだったが、新しい家族に「ちくわカレー」の味を知ってもらい、千佳は満足する。いつもヘラヘラして能天気そうな千佳だが、実は四姉妹の中で誰よりも家族との繋がりを欲している淋しがり屋であることが浮かび上がる。カレーにまみれたちくわのように、千佳の心の中も空虚だった。千佳が作る「ちくわカレー」はちょっとマヌケで、少しせつない味付けだった。

 姉妹たちが暮らす古い一軒家に加え、近所の定食屋・海猫亭も重要な舞台だ。海街においてこの気取りのない小さな定食屋は、大切なコミュニティスポットとして機能している。この店に行けば、いつでも店主の二ノ宮さん(風吹ジュン)が元気な笑顔で迎え入れてくれる。すずのような新参者も歓迎してくれる。二ノ宮さんが経営する海猫亭があるからこそ、海街はユートピアになりえているといっていい。是枝監督は『歩いても 歩いても』(08)や『そして父になる』(13)で父子というタテの関係を見つめ直してきたが、『海街diary』では姉妹というヨコの関係性、そして姉妹が暮らす海街というコミュニティへと視野を広げている点も興味深い。

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