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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.340

八重歯フェチを虜にする!! 民族衣装チャドルに隠された野性『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』

thevamp_02未婚の男女がお互いの肌に触れ合うのは、イスラム社会ではタブー。当然ながら、人間ではない吸血少女は平然とルールを破る。

 地下パーティーの帰り道、ドラキュラのコスプレ姿で酩酊していた若者アラシュ(アラシュ・マランディ)は、チャドルを被った少女(シェイラ・ヴァンド)が自分のことをじっと見つめていることに気づく。なんちゃってドラキュラのアラシュは吸血少女の餌食になるのではないかと、客席にいる我々は息を潜めて成り行きを見守るしかない。ところがアラシュは意外な行動に出る。少女の手をとって、「冷たいね」とさすり始める。手が冷たい人は心が温かいというが、吸血鬼の場合もそうなのだろうか。虚を突かれた少女が戸惑った瞬間、アラシュは少女を両腕ですっぽりと包み込む。少女はチャドル越しに人肌の温もりを感じる。このとき、2人は言葉を交わすことなく分かり合った。お互いに、誰も知らない暗い井戸の中で暮らしてきたコドクな身の上なのだと。初期のデヴィッド・リンチやジム・ジャームッシュ作品のように静謐なモノクロ映像の中で、せつないボーイ・ミーツ・ガールの物語が奏でられていく。

 1990年代に日本でもイラン映画ブームが起きたように、クオリティーの高さを誇るイラン映画だが、映画や音楽などの表現に対するイラン国内の規制は厳しさを増している。国際的に知られるアミール・ナデリ監督やバフマン・ゴバディ監督は表現の自由を求めて亡命し、イランを代表する巨匠アッバス・キアロスタミ監督も近年は海外で映画を撮るようになった。ドラッグ、売春、ホームレス……とイランの内情を赤裸々に描いた画期的な『ザ・ヴァンパイア』だが、実はカリフォルニア州の廃墟化した街で撮影されたもの。アミリプール監督の両親はイラン人だが、彼女自身の生まれは英国で、米国育ち。イラン人コミュニティーで生を受け、古今東西さまざまな映画を浴びるように観て育ち、家族やメディアなどから得た情報をもとに思い描いたアミリプール監督の“心の故郷”がバッドシティなのだ。

 チャドルの下にボーダーシャツを着た吸血少女は『勝手にしやがれ』(59)のジーン・セバーグ、父親と葛藤し続ける白Tシャツの若者アラシュは『エデンの東』(55)のジェームズ・ディーンのイメージ。夜の街をたむろする売春婦はソフィア・ローレン、刺青だらけのドラッグの売人はSF映画『チャッピー』に出演していた南アフリカの人気ラッパーNINJAをモデルにしている。マイケル・ジャクソンがモンスターに変身する「スリラー」のPVも大好きだそうだ。アンリプール監督の頭の中に渦巻くさまざまな映像の断片がデビュー作の中に混在している。既成の素材を組み合わせたファストフードのような作品だが、現代人の味覚にマッチしたなかなかの味わいである。

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