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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.508

貧困層がサバイブできるのはもはや裏社会のみ!? 犯罪映画『ギャングース』が描く格差社会の実情

 本作を撮った入江監督は、埼玉県を舞台にした『サイタマノラッパー』から始まる“北関東三部作”で地方都市でまともな職に就くことができずにいる若者たちのもどかしさを切々と描いてきた。ゼロ年代の日本映画を代表する記念碑的作品となった『サイタマノラッパー』だが、10年の歳月が流れ、社会状況はますます厳しい方向へと向かっている。『ギャングース』の劇中、振り込め詐欺カンパニーの番頭・加藤(金子ノブアキ)は「国の借金を俺たちに押し付けた高齢者たちの蓄えから、ほんの100万~200万円を引き出し、経済に流通させてやっているんだよ」と詭弁を弄する。まともな仕事が得られない若者たちには、それが正論に聞こえてしまう。経済格差は、人間のモラルさえも引き裂いてしまう。

キャバ嬢のユキ(山本舞香)がいるキャバクラへ繰り出すカズキ(加藤諒)たちだったが、遊び慣れていないため店内で浮いてしまう。

『サイタマノラッパー』のニートな主人公・IKKUは、ラップを興じるときだけは苦い現実を忘れ、TOMやMIGHTYら仲間と繋がることができた。でも、少年院で育ったサイケたちには、学歴もなければ音楽を楽しむ素養もない。キャバ嬢のユキ(山本舞香)たちからカラオケを勧められても、大塚愛の大ヒット曲をデュエットすることすらできなかった。

 そんなサイケたち3人が、ささやかな幸せを感じる瞬間がある。ひと仕事を終え、みんなで牛丼を食べているときだけは、ホッとすることができる。少年院では肉料理が出ることは稀だった。家もなく、家族もなく、定職もない3人だが、一緒に牛丼を食べている時間だけは、家族で過ごすような温かさを味わうことができた。300円~400円で手に入るどんぶり一杯の幸せが、“家のない少年たち”にとっての最高の贅沢だった。

 41歳のときに脳血栓を発症し、裏社会中心のルポライターから文筆家となった鈴木大介氏だが、今でも貧困問題から目を離すことができずにいる。『貧困世代』(講談社現代新書)などの著者・藤田孝典氏との対談で、以下のように語っている。

鈴木「私は1973年生まれですが、私たち団塊ジュニア世代でさえ、今の若い世代の困窮状況を正しく理解できていないと思います。われわれの世代は就職氷河期と重なりましたが、それでも少なくとも就労経験の基礎を積むことになる20代までに、努力すれば報われるという期待感があったし、仕事を選ばなければ食べていくだけのことができました。ところが今の若い貧困層には、努力しても楽になれない、一歩つまずくと本当に食べていけなくなるという強い不安と失望感があります。それほどの萎縮感のなかで育った世代は、近代日本全体にとっても未体験なのだと思います」(「潮」18年6月号)

 映画『ギャングース』では、サイケたち3人は半グレ集団を束ねる裏社会のトップ・安達(MIYABI)を直接タタくことで、一攫千金を狙う。最下層からの脱出を目指し、体を張って闘う3人。入江監督が大好きなジャッキー・チェン映画の世界だ。ジャッキー、サモハン・キンポー、ユン・ピョウが巧みな連係プレーを見せた『プロジェクトA』(83)のような派手なアクションシーンがクライマックスを飾る。社会の底辺で這いつくばって生きる3人が、映画スターのように輝く。

 漫画版『ギャングース』の最終巻(第16巻)では、サイケはその後勉強に打ち込み、不動産ビジネスで成功を収めることになる。また、母子家庭専門住宅をチェーン展開させる。カズキが愛した妹・アヤミは、政治家となって、日本社会の改革に取り組む。現実世界で生きるサイケたちは、漫画のラストシーンを読んで、どう感じただろうか。どこかの映画館に入って、スクリーンの中で活躍する自分たちを観て喝采を送っただろうか。それとも、漫画を読む余裕も映画館に行く暇もないままだろうか。日本社会を分断する社会格差はますます大きなものとなり、セーフティーネットなき谷間に多くの人々が今も呑み込まれつつある。
(文=長野辰次)

『ギャングース』
原作/肥谷圭介、鈴木大介 脚本/入江悠、和田清人 監督/入江悠
出演/高杉真宙、加藤諒、渡辺大知、林遣都、伊東蒼、山本舞香、芦那すみれ、勝矢、般若、菅原健、斉藤祥太、斉藤慶太、金子ノブアキ、篠田麻里子、MIYABI 
配給/キノフィルムズ R15+ 11月23日よりロードショー中
C)2018「ギャングース」FILM PARTNERSC)肥谷圭介・鈴木大介/講談社
http://gangoose-movie.jp/

 

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最終更新:2018/11/30 22:30
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