“キング・オブ・アウトロー”瓜田純士、魂のリリックを聞け! 夫婦でラッパーデビュー!!

2019/04/27 21:00

“キング・オブ・アウトロー”こと瓜田純士(39)が先日、「瓜田夫婦」名義でラッパーデビューを果たした。デビュー曲のタイトルは『recollection~遠い日の記憶から~』(ジーザスレーベル)。ヤクザ時代のホームタウンである新宿・歌舞伎町を舞台にしたMVがYouTubeで公開されるや、「かっこよすぎ」「鳥肌が立った」「久しぶりに心の琴線に触れる曲」「こりゃマジモンだわ」といった称賛コメントが相次いだ。格闘技、文筆、プロファイリングなど、これまでさまざまな表現活動を行ってきた瓜田が、初めて挑んだヒップホップ。リリックに込めた熱い思いや、曲づくりの裏話を本人に聞いた。

――突然のラッパーデビューに驚きました! いつから曲作りを始めていたのでしょう?

瓜田純士(以下、瓜田) 俺のYouTube「瓜田純士プロファイリング」のチャンネル登録者数が1万人を超えた昨年の秋頃に、オリジナルのラップを作ってエンディング曲にしたいと考え始めました。で、そこからいろいろと勉強を始めたんですよ。

――勉強とは?

瓜田 日本語ラッパーの現状についてです。今どんなのが流行っていて、どんな奴らがどんな活動をしているのかをYouTubeなどでリサーチしました。そこでざっくりわかったのは、メジャーで売れている連中と、インディーズのアングラ連中に分かれているってこと。で、アングラの中でも、「俺はアウトローな位置にいるんだ」と踏ん反り返っている奴らもいれば、「そんなお前らは大したことない」と反発する奴らもいたりと、いくつかの路線に分かれていて、お互いリリック(歌詞)でビーフ(ケンカ)を仕掛けたり、応戦したりしているんですね。

 その中でも一定の支持者を集めている奴らは大抵、自らの生い立ちを歌った自叙伝的な曲からキャリアをスタートしている。日本だけじゃなく、海外でもそう。ヒップホップはそういう文化なんだな、という全体図をまず把握しました。

――その中で瓜田さんは、どういう路線を目指そうと思ったのでしょう?

瓜田 まず強く思ったのは、「誰かを意識したり誰かに影響されたりするのは嫌だ」ということ。俺は基本、自分にしか興味がなくて、ほかの奴らはどうでもいいと思っているんですが、そうは言っても、何も知らないまま参入するのはダメなので、一応は日本のいろんなラッパーの主だった楽曲を聴いてみた。そしたらまあ、悪さ自慢みたいなのが鼻についたんですよ。名前も顔も知らないような連中が、やれマリファナでパクられてワッパをかけられただの、やれ俺はあのとき臭い飯を食っただの、そういうことを誇らしげに歌っているわけです。

 仮にそれが百歩譲って真実だったとしても、だから何だと言いたくなった。たとえば新宿署の留置所に100人いたとして、その中で名が売れている不良は1人か2人程度しかおらず、あとの98人か99人は雑魚なんですよ。不良として街で名が売れるまで踊り出るには、本当にキツい目にも山ほど遭う。俺は実際、フクロにされたり晒し者にされたりという痛い目にさんざん遭ってきました。

 そう考えると、「今支持を得て持ち上げられているラッパー連中の大半って、いったい何なの?」と疑問になってきたんですよ。こいつらはそれを金にまで変えているけど、「いつどこで名を上げて、どんな痛い目に遭ってきんだろう?」と。

――頭にきたんですか?

純士 いや、そいつらはそいつらでいい、と思いました。不良路線で行ったら売れると思って商業的な戦略でやっていることなんでしょうから。頭にくるというよりはむしろ、「じゃあ、そういうシーンに俺の自叙伝的なリリックを投下したらどうなるんだろう?」ということを実験したい欲求が高まってきました。作詞を開始したのは、2ヶ月前ぐらいです。腰痛で外出できない期間を利用して、一気にリリックを書き上げました。自分で言うのも何だけど、俺の不良としての生い立ちは申し分ないと思っているので。

――でもそうすると結局、悪さ自慢で張り合う形になりませんか?

瓜田 そこは、そうならないように気をつけました。ただの悪さ自慢の奴らとは一緒にされたくなかったから、俺の作品は「夫婦で残す」ということにこだわったんですよ。俺の自叙伝的なリリックが中心になるとはいえ、最後は「夫婦の絆」を匂わせるフレーズで締めくくろう、と。そのほか、嫁には歌でも参加してもらうことに決めました。まあ、そこからが大変な道のりでしたが(笑)。嫁のわがままが炸裂して……。

――作詞上のワガママですか?

瓜田 いや、俺も一応は作家なので、作詞は任せてもらえたんですが、嫁の歌のパートをどこに入れるか? ってことで大いに紛糾しまして。結局、フック(サビ)の部分にコーラスで入ってもらうことになったんだけど、嫁がこれを何百バージョンも考えてくるから大変だったんですよ(笑)。

――何百!?

瓜田 たとえば、「Live ther own story(自分の物語を生きろ)」と嫁が歌うパートがあって、俺としてはこの最後の部分は「ストーリー」で統一してほしいのに、「ストーーーーリー」みたいに伸ばしたりとか、まあ、いろんなバージョンを持ってくるわけです。要は「もっとウチにも歌わせろ! ウチも爪痕を残したいんや!」ってことなんでしょうけど、レコーディングに向けてバージョンをどんどん増やしてきたから困りました。「そんなにいろいろ入るわけねえだろ!」と言っても、全然言うことを聞いてくれないし(笑)。

――そんな奥様のことを、どのように制御したのでしょう?

瓜田 嫁の提案をすべて聞いていたら大変なことになるから、途中からは空返事だけして聞き流していました。そうすりゃいつか諦めるだろうと高をくくっていたんですが、嫁を甘く見ていましたね。レコーディングの当日、DJが来て、じゃあ録りますよとなったときに、「ほかにもいっぱいパターンがあんねん!」と嫁が言い出して、結局、俺のパートよりも長い時間をかけて嫁のパートを録るハメになった。DJから「奥さん、これはちょっとやめておきましょう」と注意されるほどでした(笑)。

――瓜田夫婦らしいエピソードですね(笑)。

瓜田 さらにはレコーディングが終わってミックスダウンする段階になってからも嫁がああだこうだ言っているから、DJから「本来、瓜田さんの歌詞が頭に入ることがまず重要かと思われます。なので奥様は控えてもらった方が良いかと思われます」という忠告メールまで届いたから笑いました。ただ最終的には、嫁の提案のうちのいくつかが、いい塩梅にハマったので、結果オーライでしたけどね。

最終更新:2019/05/07 10:25

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