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エッジ・オブ・小市民【1】

「この人ってそっちだったのか…」新たな“地雷”を増やしていく社会的分断

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社会と日常、その狭間。あまり明るくなさそうな将来におびえつつ、なんとなく日々を過ごしてしまっている小市民的な視点から、見えてくるものを考える。

「え、君は南京大虐殺が本当にあった出来事だと思っているの?」

 ちょっと前に酒場にいたとき、一緒に飲んでいた人にそう訊かれて一瞬かたまってしまった。その人とは年に数度、酒場で顔を合わせる程度の仲で、とくに親しいというわけではなかったけれど、会えば会ったでたわいもない話をしながら楽しく酒を酌み交わすぐらいの関係だった。50代後半の気のいいおじさんで、とあるクリエイティブな仕事でしっかりとした実績があり、周りからもかなりの評価と信頼、尊敬を得ているような人である。

 こちらとしても、それなりの好印象と敬意を抱いていたわけで、そんな人のそんな発言に驚いて言葉が出てこなかったのだ。

 実際、なんて答えればいいのか。「そんなことをいう人だと思っていなかった」という思いでいっぱいだったのだが、話を合わせないとその場の“空気”は間違いなく壊れるだろう。ちょっとした緊張感が走るシーンではある。

そういう人だったのか——いや、そういう人になってしまったのか

 しかし、まあこちらも酔っていたこともあって、「そりゃあったでしょう。被害人数には諸説あるみたいだけれど、日本政府も認めているわけだし」と適当に返事をした。すると、それが意外だったのか、今度は向こうが一瞬言葉を止めた。そして「いや、でも当時の状況を現実的に考えてみれば……」と、ちっとも現実的ではない妄想のようなことを語り出し、やがてせきを切ったように朝日新聞の悪口を言い始めた。

 そういう人だったのか——いや、そういう人になってしまったのか。そんな思いでネット空間に溢れ返っている、どこかで聞いたような与太話が展開されていくのを貝になって聞き流していた。

 いいかげんにしてくれよという気持ちが態度に表れていたからか、なんとなくお互いに「この話はもうやめよう」という雰囲気になり、酒の席の会話によくあるように話題はふわふわとまた別のところへ移っていったけれど、場の空気はどこかしらけたものとなり、その人とはそれからもなんとなく疎遠になってしまった。

 ここ数年、予期せぬところで「あ、この人ってそっちだったのか」という経験をしたことがある人は案外多いのではないだろうか。職場、取引先、酒場、友人関係、そして家庭——どんな場でもそれは起こりうる。久しぶりに帰省したら親が“そういう人”になっていた、なんて話はもはやよくある笑えない笑い話の定番のひとつだ。

 相手が自分の親だったり、遠慮なくものがいえる人だったりする場合、“そんなこと”を言い出したときに「は? ちょっと待て、今なんて言った?」というモードに入ってしまうこともある。しかし、経験のある人にはわかるだろうけれど、ここで相手に道理というものを諭そうとしても得るものはなにもない。

 相手は相手で“自分が正論だと感じること”を言い募り、たいていの場合は議論は意味のある”止揚”どころか単なる口ゲンカに発展する。時にはどちらかがその場で客観的事実や証拠になるようなものをスマホなんかで提示して、相手の矛盾を指摘したり、バシッと論破したりしてしまうこともあるかもしれない。
 
 しかし、そんなケースでも論破されたほうが「そうか、この件については自分が間違っていたな。もっと広い視野を持たなくては」なんて考えを改めることはない。まず間違いなく「ちくしょう、腹立つなこのやろう。だからこういうこというやつは嫌いなんだよ」と余計に反感を高めている。家に帰ったあとは必死に反証となる仮説や理論を探しまくるだろう。

 そして、広大なネットの世界ではどんな荒唐無稽な話であっても、それが正しいと主張する“証拠”はいくらでも見つかる。それが、本当に証拠になるものかどうかはさておき。いずれにせよ、意見を衝突させてケンカになるか、気まずい空気に耐えて何とか話題を変えるか、そのどちらかしかない。同じ場所にいるはずのふたりは、そのときからある意味で違う場所に自分たちが立っていたことに気がついてしまうのだ。

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