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オネエことばへの翻訳は是か非か?――『クィア・アイ』で考察するゲイと“女ことば翻訳”の問題

文=古澤誠一郎

――“LGBTドラマブーム”といわれる日本と同様、Netflixでもセクシュアルマイノリティが登場するコンテンツは多い。日本でも人気が高いのが、ゲイ5人組によるリアリティ番組『クィア・アイ』だ。同作登場人物の「女ことば」の翻訳を題材に、セクシュアリティやジェンダーと言葉の関係を考察したい。

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外見も内面もステキに改造!と謳う人気シリーズ『クィア・アイ』。

 一般人のファッションなどを毒舌のプロが批評・改造する番組は日本でも人気コンテンツのひとつ。2000年代後半には『おネエ★MANS』(日本テレビ)がヒットし、そこから“おネエ系タレント”という言葉や、日本独自のタレントのジャンルも定着した。その手の変身番組で、ファッションや美容の達人としてゲイの人物が起用されがちなのは、海外でもよく見られる現象。03~07年にオリジナル版が放送され、Netflixで18年からリブート版が配信中の『クィア・アイ』は、その火付け役であり、代表的な番組のひとつだ。

 Netflix版の『クィア・アイ』には「外見も内面もステキに改造」というキャッチコピーがついており、外見の改造以上に、心の悩みの相談・解消を重視しているのが特徴。タン(ファッション担当)、ジョナサン(美容担当)、ボビー(インテリア担当)、カラモ(カルチャー担当)、アントニ(フード、ワイン担当)という各分野のエキスパート5人は、相談者の悩みに寄り添い、時に自分が苦しんだ過去も告白しながら、変化や挑戦の手助けをしていく。その真摯さは日本の変身番組とはひと味違うもので、思わずウルッとさせられることも多い。

 なお5人のうち、女性っぽさを過度に強調したような“オネエ的”な喋り方をするのは、美容担当のジョナサンのみ。番組では日本のおネエ系タレントによく見られる毒舌や、陽気なゲイが集団ではしゃぐキャピキャピ感も時に飛び出すが、ステレオタイプなゲイのイメージを戯画的に描く場面は少なめだ。またタンは両親がパキスタン人でイスラム教徒、カラモは黒人と、人種や宗教面での多様性も意識しているのもうかがえる。内容もキャスティングも現代的なこの番組は日本でも好評。ゲストに水原希子を迎えた日本が舞台のスペシャルシーズンも11月1日から配信予定だ。

 そんな『クィア・アイ』で、唯一批判されているのが、字幕や吹き替えの日本語訳。特に配信開始当初は、「字幕ちょいオネエすぎ」「この5人がゲイだからってやたら字幕で女言葉使うの本当クソ」などの意見がネット上でも散見された。この問題の背後には、翻訳ならではの事情や日本人のジェンダー観、セクシュアリティ観も深く関わっている。

日常で話さないのに字幕で使われる理由

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現在、日本を代表する“おネエ系タレント”といえるマツコ・デラックス。

 まず、日本語における「女ことば」がどのような存在なのかを簡単に紹介しておこう。言語学が専門で、『翻訳がつくる日本語――ヒロインは「女ことば」を話し続ける』(白澤社)などの著書がある関東学院大学経営学部教授の中村桃子氏は、『女ことばと日本語』(岩波新書)で、明治時代の女学生が「てよ・だわ言葉」を使い始め、それが小説で使われて認知が拡大した歴史を説明。女ことばが「男性に服従的な“女らしさ”」や「良妻賢母」のイデオロギーと結びついていることや、日本の標準語=国語が暗黙裡に男性性に彩られていることも指摘し、「国語のあり方というものは、国民のあり方、ひいては国家のあり方と密接な関係にある」と記している。

 この点は、翻訳における女ことばを考える上でも非常に重要だ。中村氏は次のように語る。

「日本語は『私』などの人称詞や、文末詞の『だわ』『かしら』『わね』などを通じて女らしさを表現し、男性と区別することに価値が置かれた言語なんです。その習慣は翻訳の世界でも長く残っていますね。例えば『ハリーポッター』シリーズの日本語訳では、11歳の女の子のハーマイオニーに『わね』『わ』といった典型的な女ことばが使われていました。また“闘うヒロイン”を描いた1979年の『エイリアン』でも、リプリーのセリフの大半が女ことばで訳されていて、エイリアンとの死闘の果てに発した“I got you, you son of a bitch”というセリフも『やっつけたわ 化け物! 助かったのよ』という翻訳でした」

 女ことばの日本語訳は、ヒロインのイメージも変えてしまうわけだ。なお、今やパロディのほうが有名な『ビバリーヒルズ青春白書』の過剰な男ことば(「やあ」「~さ」)、女ことばで訳し分けられるセリフも、こうした文化に根付いたもの。それが笑いの対象となるのは、現実に日本で使われている話し言葉と大きな乖離があるためだ。

「日本人女性の会話を録音・分析した研究では、若い人ほど女ことばを使わなくなっていることが明らかになっています。一方で私が翻訳家に行ったアンケートでは、翻訳家の人たちも現実の喋りことばと翻訳に齟齬があることを認識していました」(中村氏)

 つまり翻訳者は、現実の日本人の喋り方とは違う訳を、あえて選択しているケースもあるわけだ。LGBT関連の作品も多く手がける字幕翻訳者で、オリジナル版『クィア・アイ』のシーズン2~3の翻訳も担当した今井祥子氏は、「字幕翻訳と喋りことばは言語体系が違うものだと思います」と話す。

「例えば日本の男性は日常会話で『○○に行ってくるわ』といった言葉遣いをしますが、それをそのまま字幕にすると、観客は『わ』の部分に『あれっ?』となって気を取られてしまう。字幕は一瞬しか表示されないものなので、口語としての自然さよりも、情報をスムーズに伝えることを優先し、男性的な語尾を使うことはあります。逆に女性のセリフで、自然な日本の喋りことばに置き換えるなら『○○だよ』としていいような場合でも、その人物の年齢や立場、会話の相手によって、『○○だわ』と訳すことはありますね。また、語尾が単調になるとリズムのない退屈な字幕になってしまうので、適度なリズムを作るために『○○よ』『○○なの』という女ことばを使うこともあります」(今井氏)

 字幕翻訳では、限られた字数の中でセリフの要点を伝え、その人のキャラクターも表現しなければならない。そのため一人称や語尾を工夫する必要も出てくるわけだ。

 そうした点を踏まえると、映画やドラマの翻訳で女ことばが使われることは一概に悪いこととはいえないのだが、登場人物がゲイの『クィア・アイ』ではさらに事情が複雑になる。

 日本のいわゆる“おネエ系”タレントたちが使う女ことばは“おネエことば”ともいわれるが、当然ゲイの人の全員が使うわけではない。ゲイ文化に関する著作の多い評論家の伏見憲明氏は、おネエ言葉について「〈女制〉の持つある種の特徴――他者依存的で無責任、物事の評価を好き嫌いの感情で主観的に下す等々――をグロテスクに誇張したパロディ」であり、演出的なものとしている。

 映画ライターで自身もゲイのよしひろまさみち氏も次のように話す。

「新宿二丁目でもベタベタなおネエことばを喋る人がいるのは、ストレートの方に楽しんでいただく“観光バー”的なところが中心。全体から見ればごく一握りの存在です。ゲイの中にはおネエことばを嫌う人もいますが、日本のゲイの伝統文化のようなもので、なくそうと思ってもなくならないと思いますし、私個人はなくなってほしいとも思いません」

 そして、洋画や海外ドラマの翻訳で、ゲイの登場人物に一律に女ことばを当てるような行為は、おかしな偏見を助長することにもなってしまう。その背景を、中村氏はこう説明する。

「人間の性は、生物学的性別のセックスと、社会的・文化的な性役割のジェンダー、そしてセクシュアリティという3つの次元で語ることができます。ゲイの人については、セクシュアリティの部分が異性愛者とは異なるわけですが、異性愛=唯一の性的指向としたい『異性愛規範』を持った人は、『セクシュアリティが異性愛から逸脱している人は、ジェンダーも逸脱しているはずだ』と考え、ゲイと女ことばを結びつけようとしてしまうんです」

 そのような考え方は日本の翻訳の中にも息づいていたようだ。

「ゲイにはやたらと女ことばを、レズビアンには妙にマッチョなことばを喋らせようとする字幕翻訳も過去には目に付きました。ただ、最近は減ってきているのではないでしょうか」(よしひろ氏)

 今井氏はその変化について、こう分析する。

「翻訳の変化というよりも、映像作品の中でのLGBTの描かれ方自体が変わったことが大きいと思います。昔は『社会の中の異質な存在』として描かれがちで、登場時間も短いことが多かったのですが、最近はごく普通の日常にいる人物として登場し、主人公や主人公に近い役で登場する作品も増えていますから」

批判された字幕は修正された形跡も

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『クィア・アイ』のジョナサンのセリフの字幕。「~なの」は女性特有とされる文末詞だ。

 Netflix版の『クィア・アイ』は、まさにそのような潮流の中で生まれた作品といえるだろう。その翻訳について、よしひろ氏は「最初のシーズンは字幕に女ことばが多かったり、吹き替えも棒読みだったりと酷かったですが、今はすごくいい翻訳だと思います」と話す。

「Netflixのオリジナル作品には、製作や翻訳に大きなお金をかけるプライオリティ作品と、そうではない作品がありますが、『クィア・アイ』は日本でウケるという予測もなく、当初は後者の扱いだったのでしょう。第3シーズンの頃から急に翻訳がよくなったのは、日本での人気上昇を受けてのことだと思います」(よしひろ氏)

 今井氏も「最初はカラモ(男性的な話し方をする場面が多いカルチャー担当)もかなり女ことばで訳されていて、『これはどうなんだろう?』と思いましたが、今は全然楽しんで見ています」と話す。

「Netflixなどでシリーズで配信される作品は、複数人が分担して翻訳を行うことが普通ですし、シーズンごとに翻訳者が替わることもあります。翻訳者が替わる場合は、一人称や口調、口グセなどを細かく指示したリストを渡され、全体の翻訳を確認するチェッカーもいるはずですが、スケジュールの厳しさもあり、統一やチェックをしきれない場合もあるのかもしれません」(今井氏)

 なお、2人が違和感を覚えた女ことばが多用されたシーズン1の翻訳は、すでに修正がなされている模様。例えば以前は、「ねえ クリケットの玉よ」と訳されていたタンのセリフは、現在は「クリケットの玉を見つけた」に。シーズン1全体としても女ことばが多く違和感がある……という印象は今はなくなっている。

 また『クィア・アイ』の5人がNetflixのリアリティショー『パーフェクト・スイーツ』にゲスト出演した回では、翻訳者が違うせいか、当初は女ことばが乱発されている。女性っぽくない喋り方のアントニやカラモのセリフが「この番組に出るのはコックの夢だわ」「キッチンに初めて入るの 勝負が怖いわ」などと訳されて批判の声が上がっていた。しかし現在は、こちらも「この番組に出るのはコックの夢だよ」などに修正されている。批判の声なども参考にしながら翻訳をアップデートできるのは、配信ならではの強みだろう。

 なお今井氏が担当したオリジナル版の『クィア・アイ』でも、一人称についての指示はあったという。

「オリジナル版には、今のジョナサンに近いカーソンというおネエっぽいキャラクターがいて、シーズン1の時点で一人称は『アタシ』に設定されていました。その一人称や喋り方の雰囲気に合わせて、語尾も少し女性っぽく訳していた記憶があります。一方で今の『クィア・アイ』は、オネエっぽいことばをあまり使わない方針をとっているようにみえます」(今井氏)

 実際のところ、現在の『クィア・アイ』で女ことばの使用が目につくのは、今名前の上がったジョナサンくらい。だがそれも、本人のおネエ的なしぐさや口調を見ていれば違和感のないものだ。

「おネエことばとかおネエ的しぐさと呼ばれるものは、恐ろしいほど万国共通。どの国にもオネエ的な人はいるんです。『ジョナサンの訳がオネエっぽすぎる!』みたいに言う人もいますけど、全然問題ないと思いますね。実際おネエだし」(よしひろ氏)

 また雰囲気がややフェミニンなタンは、最近のシーズンでは一人称がカタカナの「ボク」の時も『クィア・アイ』では個々人の雰囲気の違いを反映した訳し分けも見られた。

「英語では『I(アイ)』だけの一人称も、日本語では私、僕、俺といろんな訳語が当てられますし、漢字、カタカナ、ひらがなの表記ごとに印象が変わります。ゲイの場合は『アタシ』もありますよね。これだけ明確に男ことば、女ことばがある言語も珍しいと思いますが、その特性も生かしつつ、5人の違いをきちんと見せている今の『クィア・アイ』の翻訳はとてもいいと思います」(よしひろ氏)

『クィア・アイ』の5人は、全員がゲイという共通点はあるが、話し方も仕草も一人ひとり個性があることが画面を通して伝わってくる。「一人ひとりの個性が立っているのもファブ5のよさで、まさに多様性を表す5人」(よしひろ氏)なのだ。

 このような『クィア・アイ』の5人のキャラクターの違いを踏まえると、全員のセリフを女ことばで訳すのは当然ダメだろうが、だからといって女ことばは絶対使わない……というのもおかしいといえそうだ。

「5人全員のセリフが男性風に訳されていても『は?』という感じだし、型にはめようとするのが間違っているんだと思います。どの国でもゲイは10人いたら10人が違う喋り方をしますし、喋り方が人それぞれ違うのは、ゲイに限ったことでもない。言葉遣いはその人のアイデンティティに結びついたものだし、他人がとやかく言うことでもありません。そういった個々の違いをきちんと認めて、それを日本語に落とし込んでいくのが、翻訳の作業だと思います」(よしひろ氏)

 中村氏も次のように話す。

「『ゲイのセリフは女ことばで訳すべきではない』とすると、それはまた違う規範となってしまいます。そういう翻訳は、見ていても楽しくないはずです。その人の話し方やキャラクターに応じた、バラエティに富んだ翻訳ができているなら、それは現在のゲイについての規範を打ち破る翻訳なのではないでしょうか」

『クィア・アイ』はそうした偏見や規範についての意識が高い人が多く見ている番組だったからこそ、女ことばの是非が議論になった点もあるだろう。

「日本でNetflixを早くから見ている人たちって、そもそも感度が高いですからね。だからこそ違和感を覚える人がいたのでしょう。ただNetflixとしては、より広い層の人に番組を見てほしいと考えていて、日本の一般視聴者層を意識したローカライズを目指そうとしている。そこでズレが生まれている部分はあるかもしれません」(よしひろ氏)

 今井氏も「ターゲットの観客を意識して訳語を変えるのは翻訳では重要なこと」と話す。

「私はLGBTの映画祭『レインボー・リール東京』の運営に携わり、上映作品の翻訳も行っていますが、映画祭のお客さんはLGBTの当事者が大半です。そのため当事者が使うスラングなども、原語を生かして翻訳するよう意識しています。ただそれが劇場公開になったり、DVD化されたりする場合は、配給会社から『この部分は一般の人にはわかりにくいから変えましょう』と指示が入ることもあります」(今井氏)

 この例からもわかるように、翻訳における「正解」は時と場合に応じて変化するのだ。

「翻訳の言葉は時代と共に変化するものだと思いますし、私も10年くらい前の自分の字幕を見たら『すごく古いな』と思うはずです。なので『~だわ』『なんとかなのよ』といった女ことばが多く使われている映画があったとして、そこに違和感を覚える人が多そうなら、再上映や再ソフト化の機会に現代に合わせた訳を作ればいいと私は思います」(今井氏)

 翻訳というのは、ただ言語を訳すだけでなく、訳される国の文化や知識の状況や、そこでターゲットとする層に応じてチューニングを行う作業でもある。ステレオタイプを踏襲しすぎても非難され、破りすぎても理解されない……という難しさがあるのだ。『クィア・アイ』の翻訳は、セクシュアリティに関わるセンシティブな言葉を扱いつつも、細かなチューニングを施して、ステレオタイプを少しずつ打ち破ろうとしている作品でもあると感じられた。

(文/古澤誠一郎)

最終更新:2020/05/06 03:30

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