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アフターコロナの映画製作をポジティブに示唆したヨーロッパ企画──ライター・西森路代が選ぶ2020年のミニシアター邦画3選

──2020年は新型コロナウイルスに振り回される一年だったが、それでもエンタメ業界は暗いムードの世間を盛り上げようと奮闘していた。ここではさまざまな分野の識者に、今年特に熱かった作品を総括してもらう。ここでは、ライターの西森路代氏にミニシアター系邦画3作をあげてもらった。

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『ドロステのはてで僕ら』(公式サイトより)

 今年は新型コロナの影響で、多くの業界と同じように映画界にとっても、決して明るい話題ばかりではなかったが、そんな中でも、素晴らしい日本のミニシアター作品に出合えた一年であった。

『ドロステのはてで僕ら』

 6月に公開となった『ドロステのはてで僕ら』は、劇団「ヨーロッパ企画」の初のオリジナル長編映画で、ヨーロッパ企画の代表の上田誠が原案・脚本、映像ディレクターの山口淳太が監督を務め、劇団員も総出演の映画となっている。

 舞台は、劇団の本拠地である京都のカフェ。そこで働く店長のカトウが店の二階にある自宅でテレビのモニターを見ていると、そこには二分後の自分が写っていて、自分に対して「俺なんだけど」「二分後の俺だって」と語りかけてくる。

 カフェと二階の自宅をカトウやカフェのスタッフ、そして馴染みのお客さんが行ったり来たりして、時間に翻弄されまくるエンターテイメントになっているのだが、この、ミニマムな空間の使い方や、モニターを使って会話が進んでいく感覚が、「アフターコロナ」の世界を感じさせる。しかし、この映画は、コロナより前に撮られた作品である。

 映画を撮るということは、メジャー作品になるほど、さまざまなことが付随して複雑化してくるが、本作は、この映画のキャッチコピーにもある「時間に殴られろ!」というシンプルなアイデアをもとに、良い意味でフットワーク軽く作り、それでいて完成度の高い映画になっているというところが、「アフターコロナ」で制限のある中でさまざまな人たちが、新たな手法で映像作品に取り組んだことと重なるような部分もある。そういう意味で、不思議なほど、ポジティブな先見性がある作品である。

 また、時間が行ったり来たりしたり、モニターを何台も持ってくることで、いろんな時間軸の自分と会話したり、それが何度もループしたりしているという物語を見ていると、見ているこちらの頭も刺激され、心地よい緊張感に包まれる。後にクリストファー・ノーランの映画『TENET テネット』を見たときには、時間の不思議な感覚が描かれていたため、この『ドロステ…』のことを思い出してしまったし、同じように思った人も多かったようだ。

 本作は、そんな時間を使ったSFの物語が、近所にごく普通にあるようなカフェで巻き起こることも面白いし、身近な感覚が持てる。そして、世界中の誰の周りでも起こりそうにも思えてくる。こうした独自のアイデアこそ、海を越えてどこででもその土地の文化を取り入れながら映像化、リメイクできるのかもしれないとも思った。

『おろかもの』簡単には表せないシスターフッドという関係

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『おろかもの』(株式会社ミカタ・エンタテインメントより)

 若手監督の登竜門、田辺・弁慶映画祭の2019年のコンペティション部門でグランプリを受賞した『おろかもの』は、もうじき結婚する兄・健治の浮気現場を、その妹の洋子が見てしまったことから始まる。冒頭から、洋子を演じる笠松七海のまっすぐなまなざしが印象的である。

 高校生の洋子は、兄の浮気相手の美沙に不思議な好奇心を持って彼女のことを追いかけ、ある日、カフェで食事をしている美沙に声をかける。最初は、婚約者のいる兄と浮気をしているなんて、と憤っていた洋子と、のらりくらりと交わす美沙の間には緊張感があったが、やがて二人は奇妙な連帯をするようになる。

 洋子と美沙は、兄の結婚を阻止しようという計画を立てるのだが、そうやって二人でいるときの洋子の美沙への気持ちが、何なのかはっきりしないところがいいのだ。美沙のことがわからないから惹かれるというのもあるだろうし、興味本位かもしれない。 

 洋子は両親を事故で亡くし、兄と妹二人きりの家族であったが、その形が兄の結婚で変わってしまうのが嫌なのではないかという風にも見えていた。けれど、何度も見返してみると、洋子は兄が結婚により型どおりの「普通」の生活に納まっていくことに、小さな抵抗感を感じていて、それで美沙という枠から外れた存在に興味を持ったのかもしれない。

 兄の健治というキャラクターも面白い。健治は、人から求められると断れない、言ってみれば空洞のような人なのだ。だから、美沙の思いにも応えてしまうし、かつては、行きつけのバーのママとも関係があったことがわかるシーンもある。

 少しネタバレになるが、このバーのママが、健治にこっそりキスをして、これでこんなことはやめな、と忠告をするシーンがある。そのときに健治はキスされた唇を手元のお手拭きでこっそりぬぐう。このシーンの行動がとても気になって、本作のトークショーにゲストとして登壇したときに監督に聞いてみた。すると、この口をぬぐう仕草は、健治を演じたイワゴウサトシ自身が提案したもので、これを機に健治が本気で変わることをこめたのだという。確かに、このあとの健治にわずかばかりの変化がみてとれた。

 健治は、いかにもな人たらしで、結婚によって「普通」を手に入れようとしているというのに、人から求められるとふらふらと応えてしまう。嫌われて当然、断罪されて当然の役を、ぎりぎり憎めない人として演じられないと、この作品のバランスも崩れてしまったのではないか。

 そして、この健治という役は、『82年生まれ、キム・ジヨン』の主人公の夫や、野木亜紀子脚本の『獣になれない私たち』の主人公の元カレの京谷にも通じるものがある。世の中の規範やルールに無自覚に従っている、ことなかれ主義なところがあるばかりに、女性を無自覚にうっすらと傷つけている部分があるけれど、無自覚なだけに、人がよく魅力的なところがあって、彼に傷つけられていることが、傷つけられている女性たち自身も、なかなか気づくことができない。そんな複雑な構造を、本作では深刻になりすぎずに軽やかに描けているのだ。

 この映画の結末を見れば、きっと洋子と美沙の関係性を「シスターフッド」であると誰もが思うものだろう。そこには私も納得するが、何か簡単には言えない、いろんな感情がこもっているのがいいなと思ったし、それこそがシスターフッドなのかもしれないとも思えた。

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