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「カノン」は不倫の旋律か?  SF不貞が不協和音を奏でるマンガ『あげくの果てのカノン』

「僕はいつまでも少年の心を持ち続けたい」とのたまう男は結婚に向かない

 そこにきてかのん系女子は、男を縛らない。ダメ出しも採点もしない。かのん系女子は未熟男にとって手近な救いであり、都合の良い癒やしであり、即物的なライフラインであり、心の寄生先であり、体のいい自己愛の受け皿なのだ。

 これはアンフェア極まりない男女関係であり、政治的には圧倒的に正しくない。が、一方で、だからこそ安定するとも言える。月の質量は地球よりうんと小さいからこそ、「地球の周りを同じ軌道で回り続ける月」という関係が超絶的に安定する。徳川一強で絶対主従関係が確立した江戸時代のほうが、各城主の戦闘力が拮抗していた戦国時代よりずっと安定政権、ずっと天下泰平だった。

 以上をまとめると、かのん系女子がオーガナイズする不倫の構図とは、相手との関係性を変化させたくない内向卑屈女と、自分を変えたくない未熟男による、低位安定の共依存関係そのものだ。

 なお「不倫」の対義語たる「結婚」については、かのんの友人が「変わり続けるお互いを許し合えるようになっていくのが、『結婚』なのかな」と定義している。不倫が変化を排除するものなら、結婚は変化を受け入れる行為。これに関しては、どちら様にも異論はなかろう。

 言い換えるなら、結婚に向いているのは「結婚によって相手との関係性が変化しても構わない」女性と、「結婚によって自分が作り変わっても構わない」男性だけだ。逆に言えば「私たち、ずっと恋人よね」と口にする女や、「僕はいつまでも少年の心を持ち続けたい」とのたまう男は、結婚に向かない。

 ちなみに「カノン」とは、同じメロディを複数の楽器が少し遅れて追いかける楽曲形式のこと。「瞬間瞬間では調和しているが、片方の楽器がもう片方の楽器に決して追いつかないまま曲が終わる」宿命を孕んでいる。それを「成就しないまま終わる不倫のことだよね」と気づくのが賢者であり、「それってむしろ結婚生活のことでは?」と見立てるのは大賢者、もしくは多方面で辛酸を嘗めた離婚経験者であろう。不倫者も既婚者も、毎日本当にお疲れ様です。

「月刊サイゾー」2018年8月号より転載

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2021/03/13 14:00
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