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渋沢栄一と土方歳三は「友達」だったのか? 栄一と新選組の関係性を「大沢源次郎捕縛事件」の“伝えられ方の違い”から見る

──歴史エッセイスト・堀江宏樹が国民的番組・NHK「大河ドラマ」(など)に登場した人や事件をテーマに、ドラマと史実の交差点を探るべく自由勝手に考察していく! 前回はコチラ

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町田啓太演じる土方歳三 | 『青天を衝け』公式Twitterより

 「大河ドラマ」の主人公に選ばれると、新資料が発掘されたり、過去にはあまり注目されてこなかった資料が日の目を見る機会がなぜか増えるものですね。本年度の大河『青天を衝け』の主人公・渋沢栄一が、新選組の土方歳三は「友達」だと発言していたという話を、読者はご存知だったでしょうか。今回はこの情報について検証してみたいと思います。

 渋沢の「土方は友人発言」は、渋沢の四男・渋沢秀雄が著した『渋沢栄一』という本の中にたしかに登場しています。秀雄は栄一が52歳の時の子で、晩年の栄一は彼に本を読んでもらうことを楽しみにしていたそうです。ある日のこと、秀雄が「時代物」の本を読んでいた時、新選組・土方歳三の名前が出てくると、栄一は思わぬ反応を示しました。「もう一度、そこを読んで」などとリクエストしたというのです。そして、「土方歳三は、私の友達だ」と語ったのでした。

 秀雄にしてみれば、歴史上の有名人物・土方歳三と自分の父・栄一との意外な接点が明らかになったわけで、さまざまな聞き取りが行われたようです。しかし、それ以前にも渋沢は土方について何度か語ったことがあり、そこで「友人だ」という証言は一度もありませんでした。また、渋沢の語る土方歳三とのエピソードの細部は、語られるたびに随分と異なっていたこともわかっているのです。

 渋沢と土方が最初に出会ったのは、おそらく慶応2年(1866年)11月のことでした。「おそらく」というのも、渋沢本人が「慶応2年4月14日」と当初は発言したものの、訂正されているからです(渋沢談話の口述筆記のひとつ『青淵回顧録』)。孫の市河晴子によると、渋沢の話はいつもアウトラインをなぞってしゃべるだけで、細部には触れないのだそうです。ゆえに、自伝の口述筆記者が補足のつもりで訂正した時期のほうが間違いであった可能性もありますが。

 この時、渋沢には、あるミッションが下っていました。見廻組の元・隊士である大沢源次郎という人物を、武器弾薬を大量にたくわえ、協力者も集め、薩摩藩に内通し、幕府に対する謀反を企てているとの疑いで逮捕するというお役目が渋沢には言いつけられていたのです。

 この時の渋沢の身分は、徳川慶喜が将軍職に就いたことで、一橋家の家臣から幕臣に切り替わっていました。そして「陸軍奉行支配調役」なるお役目を任せられていました。字面は立派ですが、陸軍奉行所の中では下役に過ぎず、大沢源次郎の捕縛についても、渋沢本人によると“貧乏籤(びんぼうくじ)”が回ってきたようなものだったそうです。

 この時、警護役として新選組が付くことになったのですが……。この一件について渋沢が語った中ではもっとも古い『雨夜譚』(明治20年=1887年)の「巻之三」では、渋沢に同行したのは土方ではなく、近藤勇と「新撰組の壮士六七人」ということになっています。

 また、大沢逮捕については、近藤勇から「大沢は危険人物だから、新選組で最初に身柄を確保したほうがいい。安全が確認できた後、謀反の容疑が本当かを、大沢本人に渋沢さんが詮議しては?」という提案があったといいます(要約)。しかし渋沢はこれを断り、あくまで捕縛は大沢が罪を認めた後にやるべきと主張したそうです。

 結果的に、深夜の訪問だったことですでに寝ていた大沢はテンションが低く、謀反の罪をあっさり認めてお縄になったのでした。その後、新選組の面々は取り調べのために大沢宅に入っていき、渋沢は午前3時過ぎだったにもかかわらず、陸軍奉行所の上司宅へ向かい、寝ずに待っていた上司に報告をしたそうです。

 しかし、昭和2年(1927年)に刊行された『青淵回顧録』によると、近藤勇とは町奉行所において大沢捕縛の件の打ち合わせをしたが、当日は近藤自身に外せない用事があるので、土方歳三と部下を渋沢に同行させることになったと、背景・登場人物が変化しています。この逸話では、先行する『雨夜譚』で近藤勇が語っていた内容が土方の発言に置き換えられてもいます。理由はよくわかりませんが、渋沢と土方に突然の接点が生まれ、二人が当日交わした会話が『雨夜譚』よりも詳細に『青淵~』には記録されることになりました。

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