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稲田豊史の「さよならシネマ〜この映画のココだけ言いたい」

グレタ・トゥーンベリは折り合いがつけられない―世間からアンチを受けてもむき出しなワケ

グレタが「とにかく怒っている」のは生存本能ゆえ

グレタ・トゥーンベリは折り合いがつけられない―世間からアンチを受けてもむき出しなワケの画像3
© 2020 B-Reel Films AB, All rights reserved.

 地球がかなりヤバい。今すぐに対策を講じないと地球が死ぬ。それをわかっているのに、“大人”たちは見て見ぬフリをしている。グレタはそれが不思議で仕方がないし、不快極まりないし、その恐怖が耐えがたい。彼女にとってこの世界は、「ダイナマイトの導火線に火がついているのに、誰も消そうとしない」くらいには狂っている。

 しかもグレタは、その導火線から一瞬たりとも視線を外すことができない。アスペルガー症候群の特徴、「一度ひとつのことに集中すると、他のことが目に入らない」だ。

 破滅の火種に視線が固定。まぶたを閉じることも、それについて考えをやめることもできない。まさに地獄。いずれ気が狂ってしまう。

 彼女が狂わないでいられる方法があるとすれば、ひとつしかない。導火線の火を消しにかかることだ。どんな邪魔が入ろうとも、後ろ指をさされようとも、関係ない。火を消すために、できることをすべてやる。やるしかない。でなければ、地球が死んでしまう前に、自分が“死んで”しまう。

 つまり、グレタがここまで環境問題に己の全精力を注いでいる理由は生存本能だ。意識の高さを誇示したいからでも、自己満足のためでも、社会正義や使命感のためでも、英雄気取りなわけでもない。彼女は、地球より先に、“自分が”生き残るために行動している。

 しかし、グレタが「とにかく怒っている」場面だけを切り取ったニュースからは、それが伝わらない。怒りの先にある個人的な地獄は、本作のように彼女の生活をじっくり追跡してはじめて、少しだけ顔を出す。

 グレタはかつて、気候変動による環境破壊を知ったことでふさぎ込み、不安に苛まれ、餓死寸前にまでなった。アスペルガー症候群、場面緘黙症などと診断されたのはこの頃だ。「3年間は家族としか話さなかった」と父親は語る。しかしその間、環境活動に従事することによって、徐々に普通の社会生活を送れるようになった。彼女にとって環境活動とは、糖尿病患者にとってのインスリン注射のようなもの。しなければ、命に関わる。
 
 グレタは気候行動サミットに出席するための移動に、地球環境への影響が大きい飛行機は使わず、ヨットで大西洋を横断したが、本作のカメラはヨット内の彼女も捉える。「いつもの生活が恋しい」「イヌに会いたい」「ここは水が入ってきます」「あまりに重大な責任を背負っています」「こんなの望んでいない」「荷が重すぎる」「気が休まらない」。彼女は弱音を吐く。

 当時ヨット横断パフォーマンスを「意味ない」「スタッフは飛行機移動なんでしょ?」などと散々批判したアンチは、このシーンだけを観ればきっと呆れるだろう。「お前が好きでやってる活動なのに、なんで弱音吐いてんだ?」と。

 しかし、グレタは好き好んでアスペルガー症候群に悩まされているわけではない。そのように生まれついた自分を逃げずに引き受け、この先も生きていくために、「必要だから」環境活動をやっている。「好きでやってる活動」と単純に言い切っていい話ではない。

 そういう背景を知れば、かつてグレタがFacebookに書き込んだ「アスペルガーは病気ではなく、1つの才能。アスペルガーでなかったら、こうして立ち上がることはなかったでしょう」という言葉には、別の意味を見いだせる。もう少し別の切実さを感じ取れる。少なくとも、強がりや陶酔の類いではなさそうだ。

 ただ繰り返すが、グレタのアンチが本作を観て彼女のファンになることは、おそらくない。しかし、もしかしたら、今までのイラつきや冷笑の頻度は少しだけ減るかもしれない。その減った分が「同情」なのか「分別」なのか、もっと別の感情なのかを自身に問うてみるだけでも、本作を観る価値はある。グレタを毛嫌いしている中年男性は、特に。

グレタ・トゥーンベリは折り合いがつけられない―世間からアンチを受けてもむき出しなワケの画像4『グレタ ひとりぼっちの挑戦 』
10月22日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
配給・宣伝:アンプラグド
サイト:greta-movie.com
© 2020 B-Reel Films AB, All rights reserved.

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2021/11/11 15:31
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