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稲田豊史の「さよならシネマ 〜この映画のココだけ言いたい〜」

『ドーナツキング』――「国策」が育てたドーナツとカニとカクテルとポテチ

文=稲田豊史(いなだ・とよし)

『ドーナツキング』――「国策」が育てたドーナツとカニとカクテルとポテチの画像1
© 2020- TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

 アメリカ人のドーナツ消費量は年間100億個。すなわちアメリカにおける「コーヒーとドーナツ」は日本における「ご飯と味噌汁」に近い朝食の定番だが、ドーナツの本場・カリフォルニア州にあるドーナツ店の90パーセント以上は「カンボジア系アメリカ人」が経営しているという。1980年代に彼らが個人経営の店を一気に増やしたのだ。

 その発祥をたどると、カンボジアから渡ってきたテッド・ノイという男に行き着く。ドキュメンタリー映画『ドーナツキング』は、彼がどのようにしてアメリカ西海岸にドーナツ帝国を築いたかを、本人や関係者の証言によって明らかにしていくものだ。

 本作からは、アメリカのドーナツ文化が「国策」を引き金として発展したことが見て取れる。

 1950年代半ば、当時のアイゼンハワー大統領が連邦補助高速道路法に調印。国策として高速道路が整備されたことでアメリカ全土の車社会化が進み、テイクアウト食品の需要が拡大する。結果、道路沿いにドーナツ店が激増した。

 1970年、アメリカはカンボジアに新米政権を立ち上げたが、武装組織クメール・ルージュとの間に内戦が勃発。1975年、首都プノンペンがクメール・ルージュに制圧される混乱の中、当時陸軍に身を置いていたテッド・ノイは家族と共にアメリカに亡命、やがて小さなドーナツ店を開店してたちまち繁盛させた。つまり、アメリカの国策によるカンボジア介入がなければ、テッドがアメリカに渡ることもなかったのだ。

『ドーナツキング』――「国策」が育てたドーナツとカニとカクテルとポテチの画像2
© 2020- TDK Documentary, LLC. All Rights Reserved.

 国策は期せずして、その国の食文化を変える。

 たとえば日本におけるカニ。現在カニは「かに道楽」などのチェーン店で日本全国いつでもどこでも手軽に食べられるが、昭和30年代までは都市部に住む人間が気軽に口にできる食材ではなかった。カニは長時間の輸送中に傷んでしまうし、下手に冷凍すると味が落ちてしまうからだ。

 それを克服したのが冷凍技術の向上と、もうひとつ。国策として整備された東海道新幹線であると言われている。

 「かに道楽」の1号店が大阪・道頓堀にオープンしたのは昭和37(1962)年だが、そこでカニ料理を通年提供するためには関西近郊の漁港だけでなく、北海道のカニも確保する必要があった。しかし当時は保冷車が普及していない。そこで、北海道で水揚げしたカニを羽田まで空輸ののち大阪に運ぶのに、東海道新幹線(1964年開通)を使った。こうして「かに道楽」は繁盛し、「外食でカニを食べる文化」は日本中に浸透した。

 国策の話をするなら、アメリカで1920年から施行された禁酒法も見過ごせない。これは酒類の生産・販売・輸送を禁止した法律だが、当時はアル・カポネをはじめとしたギャングたちによる密造や密売が横行。結果、質の悪い工業用アルコールを主体とする酒も多く出回ったが、そういった不味い酒を少しでも口当たりよく飲む手段として大いに発展したのが、甘いジュースなどを混ぜてごまかすカクテル文化である。

 その禁酒法が廃止されたのは1933年。そこで急速に需要を伸ばしたのがポテトチップスだ。塩味は酒に合う。アメリカの一大スナックブランド「Lay」がポテトチップスの販売をはじめたのは1938年のこと。その後アメリカは第二次世界大戦に参戦して砂糖が配給制になり甘いお菓子は作られなくなるが、塩は潤沢にあったのでポテトチップスは大量流通した。こうしてポテチはアメリカの国民的スナックと呼べる存在になってゆく。

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