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Mr.Children『深海』はなぜ心を打つのか――90年代に求められた“リアル”

“コンセプト・アルバム”が作り手自身をも飲み込む瞬間

Mr.Children『深海』はなぜ心を打つのか――90年代に求められた“リアル”の画像2
Mr.Children『regress or progress ’96~’97 IN TOKYO DOME』(DVD)

 もちろん、『深海』の魅力はサウンド面だけではない。本作はアルバム全体でひとつのテーマを形成するトータル・アルバム(コンセプト・アルバム)を目指したものであり、当時のライブでもピンク・フロイドの『狂気』のパフォーマンスさながらに、アルバムの丸々全曲をそのままの曲順で演奏していた。

 『深海』は制作時から明確なビジョンをもって生み出された。しかし、小林は『原子心母』(‘70)あたりまでのピンク・フロイドをイメージしていた一方、桜井は井上陽水『断絶』(‘72)を思い描いていたという。ピンク・フロイドと陽水では一見大きな乖離があるように見えるが、日本のUS流サイケデリック・ロックの草分け的存在であるザ・モップス出身の星勝が主導した『断絶』のアーシー/ブルージーなバンドサウンドは、デヴィッド・ギルモア加入後のピンク・フロイドに確実に通ずる部分がある。この音作り・曲調は『深海』のみに限らず、『シフクノオト』(‘04)収録の「Pink~奇妙な夢」など2000年代以降の諸作でも度々見られるようになっていく。

 有名な話だが、『深海』の制作開始以前から、アナログ・サウンドを追求したヘヴィな作品(=『深海』)の後に、最新テクノロジーを活かしたポップなアルバム(=『BOLERO』)を作る計画になっていた。しかし桜井曰く、「当時の心情と音楽性がリンクしすぎて」、『BOLERO』制作中も思いのほか『深海』を引きずったところがあったという。

 当時のツアー『regress or progress ’96-’97 tour』で『深海』全曲演奏の次に演奏されていたのが、『BOLERO』収録の「Brandnew my lover」だ。インダストリアル・ロックを思わせる音像にFワードまで飛び出す過激な歌詞が組み合わさった、ミスチル史上でもっとも“ハード”な楽曲の一つだろう。それでいて、Aメロ・Bメロではエフェクトをかけたギターやビブラフォンなど浮遊感のある楽器を用い、サビとの静・動のメリハリをはっきりとつけているのも、ニルヴァーナ「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」(‘91)をはじめとする90年代オルタナティヴ・ロックの王道を行く構造である。

 メンバーがカプセルに入ったり、桜井が狭い通路の中で悩ましげに歌う象徴的なMVは、ライブの演出でも引用されている。『深海』の全曲演奏を終えた桜井が箱のようなものの中から出られずもがく……いう内容であり、当時のツアーコンセプト「OUT OF DEEP SEA(深海からの脱出)」がいかにバンドや桜井にとって困難に満ちたものであったかを分かりやすく示している。

 「Brandnew my lover」に続いてツアーで演奏されたのが、『BOLERO』のもうひとつのハード・ナンバー「タイムマシーンに乗って」である。「バカ・ロック」という仮タイトルがついていたという、ラウドでありながらどこかあっけらかんとした突き抜け感もある本曲は、まさに『深海』と『BOLERO』を繋ぐような存在だ。前面に出た鈴木のドラムを軸にしつつ、トランペット・トロンボーンの二管や跳ねるピアノが散りばめられた比較的カラフルなアレンジも『深海』との差別化要素に思える。

 ツアー本編は徐々にどん底から浮上していくような「ALIVE」を経て、活動休止直前にリリースされたシングル「Everything(It’s you)」で終わる構成だった。

 この曲にデビューアルバム『EVERYTHING』と同じタイトルを冠したことについて、桜井は「一周回って初期を思い出せた楽曲」と述べている。当時はMr.Childrenの解散説が囁かれていたというが、自身の「今」や「旅路の果て」をつぶさに歌ったこの曲は、タイトルも相まって、確かにある種の“完結”の印象を与えてもおかしくないように思える。

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