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謎多き「曽我兄弟の仇討ち」――複雑な人間ドラマを『鎌倉殿』はどのように描く?

頼朝暗殺計画だけでなく…「仇討ち」後も不可解な出来事が続く

謎多き「曽我兄弟の仇討ち」――複雑な人間ドラマを『鎌倉殿』はどのように描く?の画像2
頼朝(大泉洋)との距離を縮めていた工藤祐経(坪倉由幸)| ドラマ公式サイトより

 事の発端は、曽我兄弟の父・河津祐泰が工藤祐経に殺害されたことにありますが、それは不幸な事故でした。祐経も100%悪役というわけではないのです。なぜかというと、義理の叔父にあたる伊東祐親(=八重の父親)に、祐経が相続するはずだった所領を奪われてしまっていたのです。工藤祐経はこれを恨んで伊東祐親を殺そうとしたのですが、手元が狂って、祐親に同行中の河津祐泰を射殺してしまったのでした(河津祐泰は伊東祐親の嫡男でした)。

 河津祐泰を殺してしまった工藤祐経は、殺人罪から逃れるべく、その後はしばらく京都で暮らしています。そして後に彼は源頼朝に接近、そのお気に入りになることで、伊東祐親に奪われた所領を取り戻したのでした。

 しかし、事故であろうがなんであろうが、曽我兄弟は父を殺した工藤祐経の命を、18年間も仇として狙い続けました。こうして曽我兄弟は、頼朝が企画した富士山神野での巻狩り行事を利用することにします。そして、普段ならガードの固い工藤祐経に接近し、暗殺に成功したのでした。

 『吾妻鏡』によると、富士の巻狩りは建久4年(1193年)5月15日から同28日まで延々と続きました。28日夜、曽我兄弟は工藤祐経の寝所に忍び込み、工藤と彼の知人の王藤内という二人の殺害に成功しています。しかし、彼らの側で寝ていた二人の遊女が大声を上げたので、集まってきた御家人たち相手に刀を振るうこととなり、多数の死傷者を出すことになってしまいました。兄の祐成もこれにより戦死しています。そして弟の時致は、何を思ったのか、頼朝の寝所にも押し入ろうとし、取り押さえられてしまったのでした。

 おそらくこれらのシーンも『鎌倉殿』ではしっかり描かれると思われます。曽我兄弟が、父の仇である工藤祐経だけでなく、(ドラマでは特に触れられていませんでしたが、祐経の罪を裁かなかった)頼朝にも殺意を持っていることが、前回の放送で明らかになっていましたから。

 史実をベースとしたフィクション『曽我物語』では、頼朝のところに曽我時致が向かったのは、暗殺が目的ではなく、「鎌倉殿の御前で我々が小さかった時からのことを逐一申し上げてから死んでくれ」と、今際の際の兄から遺言されたから……ということになっていますね。

 『吾妻鏡』では、頼朝が曽我時致を直々に取り調べして、彼の話に耳を傾け、その上で彼の罪を許そうとします。しかし、工藤祐経の子が「曽我時致を討たせてほしい」と言い出したので、仇討ちの連鎖を止めるべく、頼朝は時致を泣く泣く死刑にするしかなかったのだとか。

 以上が「曽我兄弟の仇討ち」のお話のあらましですが、解せないところが多いですよね。曽我兄弟が工藤祐経を狙っただけにしては、多数の直接関係のない武士たちが犠牲になっています。『吾妻鏡』では祐経以外にも10人が、『曽我物語』ではなんと50人余りの死傷者が出たとあります。やはり、工藤祐経以外の命も狙われたと考えるのが自然ではないでしょうか。そして状況証拠からすると、曽我兄弟の第2ターゲットは、やはり頼朝だったと考えられます。しかし、もし曽我兄弟が頼朝を殺そうとしていたのであれば、『吾妻鏡』でも「曽我兄弟はとんでもないヤツだ」という描かれ方になるはずなのに、実際には頼朝が曽我兄弟の仇討ちに感動し、生き残った時致の罪を許そうとさえ考えたことが記されており、どうにも辻褄が合わないのです。

 曽我時致が頼朝に殺意を抱いていたかどうか。それを一次史料から確認することはできません。しかし、猜疑心の強い頼朝が、大量の死傷者を出しながら、自分の寝所に入り込もうとした曽我時致の説明にわざわざ耳を傾け、彼の罪を許そうと素直に思えるものなのでしょうか。頼朝が泥酔でもしていたのであれば、相手の言葉を額面通りに受け取ることができたのかもしれませんが……。『鎌倉殿』ではこのあたりをどう描くつもりなのか、非常に気になります。

 このように謎の多い「曽我兄弟の仇討ち」については、さまざまな推論が数多く存在しています。中には、曽我兄弟の工藤祐経暗殺に協力した北条時政が、彼らを使って頼朝暗殺を企てていたという説もあります。説それぞれに一長一短があり、これだ!という仮説が見当たらないというのが、筆者の正直な見解です。

 仇討ちの後も、謎めいた事件が数々起こりました。先述のとおり、大庭景義・岡崎義実という古参の武士たちが謎の出家を遂げたことに加え、頼朝の(異母)弟の源範頼が謀反を疑われ、伊豆国に流罪となる事件もあったりと、怪しいことが多発しているのですね。範頼に至っては、その後どうなったか『吾妻鏡』で語られていないので、伊豆で処刑された可能性まであるのです。

 前回のドラマでは、源範頼(迫田孝也さん)に比企能員(佐藤二朗さん)が「皆、口にはせぬが思っておりますぞ。蒲殿(=源範頼)が鎌倉殿であったならと」などとお世辞を言うシーンがあったので、これが範頼の流罪と結びつけられて描かれるのでしょうか……。

 今回は「曽我兄弟の仇討ち」という鎌倉幕府初期を代表する大事件の外郭と、次回以降のドラマの見どころポイントについてお話しさせていただきました。複雑怪奇すぎる人間ドラマを、今後どのように三谷さんが描いていくつもりなのか、この高いハードルをどのように超えてくれるのか。楽しみに拝見させていただきましょう。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 12:33
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