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あのアーティストの知られざる魅力を探る TOMCの<ALT View>#17

なぜ井上陽水の詞は“シュール”なのか 「陽水節」が生まれるまでの変化と挑戦

文=TOMC(トムシー)

 ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスターのTOMCさんが音楽家ならではの観点から、アーティストの知られざる魅力を読み解き、名作を深堀りしていく本連載〈ALT View〉。前回に引き続いて井上陽水を取り上げる今回は、「ナンセンス」「シュール」ともされるその歌詞の魅力とその背景について迫ります。

 

なぜ井上陽水の詞は“シュール”なのか 「陽水節」が生まれるまでの変化と挑戦の画像
井上陽水『カシス』(‘02)

井上陽水特集・前編はこちら

唯一無二の「陽水節」はいかに築かれたか

 井上陽水の詞は、しばしば「不思議」「シュール」「ナンセンス」なものだと評される。例えば、PUFFYに作詞提供した「アジアの純真」(‘96)の語感を最優先したような歌い出しのフレーズ「北京 ベルリン ダブリン リベリア」は、彼の「シュール」なイメージが特に分かりやすく表れたものだろう。

 井上陽水特集の後編となる本稿は、そうした彼の詞の唯一無二のテイストがどのように築かれていったかを解き明かす試みである。ポップ・ミュージックを「詞」の側面から語る文章は往々にして「語り手の主観的な感想」が先走ることが多いが、本稿は可能な限り陽水本人の証言を軸に、なるべく客観的な視点に立ちながら書いていけたらと思う。

 なお、本稿では『white』(‘78)を起点に、以降の数年間に主にフォーカスしていくが、もちろん、陽水の不思議でシュールな作風は、アンドレ・カンドレとしてデビューした1969年の時点からすでに見られたものだ。ラブソングの間に呪文のような突飛なフレーズを韻を踏みつつリズミカルに挟み込む「カンドレ・マンドレ」(‘69)には、80年前後に形成される作風の片鱗がすでに表れているとも指摘できるのだが、この詳細は後述する。

 また、井上陽水として再デビューし、70年代初頭~中期に一大ブームを巻き起こした時期の作品にも「東へ西へ」(‘72)「氷の世界」(‘73)など、不思議な情景・不可解な行動を客観的に切り取るような楽曲は存在している。ただし、これらの楽曲は同時に、正気/狂気や生死の境界線を感じさせる刺激的なフレーズ(「床に倒れた老婆が笑う」「君はうれしさあまって気がふれる」「人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな」など)でリスナーとの距離感を急速に詰めることでカタルシスを生んでいるような側面もある。70年代後半以降の陽水の歌詞の特徴に「抽象性」が挙げられるのに対し、この時期の作風はまだ「具体性」に支えられた部分が大きいように思える。

 まずは、いかに陽水が「抽象性」を強めていったかについて、実際の彼の発言を踏まえながら触れていこう。

「抽象性」の追求

 陽水は1978年の「ヤング・ギター」(新興音楽出版社、現シンコー・ミュージック・エンタテイメント)でのインタビュー時、当時の最新作『white』の作詞について「以前よりも詞の内容が具体的でないように思える」との指摘を受けている。これに対し陽水は「抽象的な話で (あったとしても)自分自身も楽しめて、聴いている人も楽しめればそれでいい」「以前ははっきり〈これこれこうだからこうですよ〉という歌も好きだったが、最近はやはり抽象的なことが好きだ」「最近は抽象的な歌がないように思える(ので、自分でやりたい)」といった発言を残しており、意図的に「具体性」から離れようとしていたことが窺える。

 『white』での陽水の作詞には、「ほぼ全編で客観的な情景・人物描写に終始する」(「ミスコンテスト」「灰色の指先」ほか)「観念的な問い・思索を並べるが、明確な喜怒哀楽を込めない」(「white」「甘い言葉ダーリン」ほか)といった傾向が見られる。これらの楽曲は、一文ごとの意味は比較的明確であっても、わかりやすいメッセージを聴き手に突きつけることはなく、ある種のドライさすら感じさせるところがある。「東へ西へ」「氷の世界」に見られた切迫感は良い意味で抜け落ちており、後年に確立する作風にいたるまでの過渡期と言えるものだろう。『white』はサウンド面でスティーリー・ダンや後期イーグルスなどのウェストコースト・サウンド~プレAOR的な薫りが漂うことから根強い人気を誇るアルバムだが、この突き放すような歌詞世界も作品の魅力に大いに寄与しているように思われる。

 『white』リリースの前年となる1977年には、雑誌「深夜放送ファン」(自由国民社)のインタビューで、つのだ☆ひろ作詞・加藤和彦作曲のサディスティック・ミカ・バンド「サイクリング・ブギ」(‘72)に触れる形で重要な発言を残していることも注目したい。

 この曲の歌詞は、小気味よいバンド演奏と同調するように「サ、サ、サ、サイクリング・ブギ サ、サ、サ、サイクリング・ブギ」といったリズム感・フレーズの強度を優先したような内容となっている。陽水はこの歌詞を「面白い」と称し、例えば岡林信康「私たちの望むものは」(‘70)などのシリアスな歌と比べて「惹かれる」「同調できる」としている。そしてその理由として、かつてボブ・ディランが「歌で世の中を変えることなんてもうできない」と語ったことを引き合いに出しながら、「歌はもう立派なものでも大切なものでもない気がする」「恥ずかしさやどうしようもなさ、後ろめたさを一旦置いて楽しそうにやっている人が一番好きだ」とのコメントを残しているのだ。

 この「サイクリング・ブギ」への憧憬は、『スニーカーダンサー』(’79)の表題曲に分かりやすく表れている。「サイクリング・ブギ」にも参加している高中正義のギターが牽引するダンサブルで小気味良いサウンドに合わせ、タイトルのフレーズをリズミカルに繰り返す箇所などは、確実に同曲と地続きのものだ。

 1979年の「ヤングフォーク」(講談社)では、陽水は初めてサザンオールスターズ「勝手にシンドバッド」(‘79)を聴いたときの印象について「メロディーに対する詞の割り振りが自由」「自分だと『どうするときれいになるか』と考えてしまうが、そんなことを無視した歌いっぷりがいい」といった言葉を残している。「勝手にシンドバッド」における、ときに語感を最優先したような桑田佳祐の作詞は後年の陽水の作風にも極めて近いものだが、陽水がデビュー時より桑田に着目し、しかも言葉のチョイスではなく符割りに着目したコメントを残していたことは特筆に値するだろう。当時の陽水がいかに、リズムに対して日本語をどう乗せるかという部分に関心を抱いていたかがうかがえるエピソードだ。

 このように、1970年代後半の時点で、陽水の詞作には「抽象性の肯定」および「リズム感の重視」といった傾向が見られ始める。前述の「カンドレ・マンドレ」でも垣間見られたこうした傾向を、陽水はより自覚的に取り入れ、1980年代の作品群で一層推し進めていくのだが、ここからはその背景について紐解いていきたい。(1/2 P2はこちら

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