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文化横断系進化論 VOL.3

『君の名前で僕を呼んで』古代ギリシャから繋がるひと夏の恋の目録

「君の名前で僕を呼んで」が示す二人の関係性

「君の名前で僕を呼んで。僕の名前で君を呼ぶ」

 この作品を代表するオリヴァーの一言は、曖昧だった二人の関係性にひとつの繋がりを決定づけた。ギリシャの哲学者プラトンの『饗宴』では、4本ずつの手足と2つずつの顔と性器を持つ“男女”という両性具有者が存在したが、全知全能の神ゼウスによって両断され、それぞれの顔、手足、性器を持った“男”と“女”に分かれたという逸話が描かれており、半身同士が再びひとつになろうと互いを、強く求めあうようになる様子を“男女間の愛”と説いている(※2)。

 恋愛対象と性的対象に男女どちらも含むエリオは、ある意味で両性具有的な存在だったといえる(衝撃的な自慰シーンにも登場したアプリコットは、自家受精することから“両性具有”の象徴ともいわれている)。そして、のちにかねてから交際していた女性と婚約したオリヴァーもまた、エリオと似た存在だ。二人は性別が同じの“半身”同士であったとすれば、エリオはオリヴァーであり、オリヴァーはエリオであるともいえる。

 しかし、相手の名前を呼ばせないというルールは、自身のセクシャリティに向き合った先人として、オリヴァーがエリオに与えた線引きでもあるのだとも感じた。名前というものは、個々の“存在”を意味するものであり、互いの名前を呼び合うということは、自分以外の存在を認めることになる。それが愛する人となれば、その重みも増すことだろう。

 終わりが来ることを知っていたからこそ、このひと夏がエリオを苦しめるものとならないよう、オリヴァーという存在を植え付けないようにしたのではないか。そんな夢見がちなことを思ってしまう。想い人の名前を呼べないというのは、きっと辛いことだから。

時代背景とエリオの心情に寄り添う音楽たち

 グァダニーノ監督は、等身大のエリオがスクリーンから溢れ出るような曲演出と80年代の再現にこだわってサウンド・トラックを選曲したという(※3)。

 軽やかかつミニマルなピアノでみずみずしいきらめきと高揚感を詰め込んだ「Hallelujah Junction」は本作の美しさを象徴し、坂本龍一の「MAY in The Backyard」や「Germination」は、自分の中に芽生えた変化に違和感を覚えたり、あるいは認め始めたりするエリオの心情に寄り添うように使われていた。オリヴァーがお気に入りと言った「Love My Way」は、“自分の生き方を愛せ”というメッセージを間接的にエリオへ伝えているようだった。

 アメリカのフォークシンガーであるスフィアン・スティーヴンスは、本作のために主題歌「Mystery Of Love」を書き下ろした。グァダニーノ監督が張り巡らせた伏線と文脈に沿うように、スフィアンは古代ギリシャのマケドニア王国の王アレクサンドロスと、彼と深い関係であったといわれているヘファイスティオンを用いて、神秘的な愛と別れについて歌う。まるでオリヴァーと過ごす最後のひとときを思い切り楽しみながらも、俯瞰的に終わりを感じているエリオを描いているようで、なんとも切ない。

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