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文化横断系進化論 VOL.3

『君の名前で僕を呼んで』古代ギリシャから繋がるひと夏の恋の目録

文=宮谷 行美(みやたに いくみ)

エリオと共に恋の終わりを迎え、美しさと尊さを知る

 いよいよ来たるラストシーンに、この映画の真髄を見た。季節は真冬となり、再び北イタリアを訪れたエリオは、オリヴァーから婚約の知らせを受ける。ぽっかりと空いた心で暖炉の前に座り込み、パチパチと燃える炎を一点に見つめるティモシー・シャラメの美しい顔貌をロングショットで捉える中、スフィアンによるもう1つの書き下ろし楽曲「Visions of Gideon」が流れ始める。同じテープを繰り返し見る姿と旧約聖書に登場する神に心酔した戦士“ギデオン”に例えて盲目的な恋を表現した歌詞は、静かに炎を見つめるエリオの気持ちを代弁しているようだった。

 彼を失ったことを理解し、ゆっくりと涙を流すエリオを目の前に、むせ返るほどの苦しさがこみ上げてくる。失恋という残酷な真実を、まざまざと見せつけられているからだ。

 エンドロールが終わってもすぐに立ち上がれないほど打ちひしがれるのは、自分の中にも同じ経験があるから。大好きだった人に選ばれなかったこと、「いつか」というどこか胸の片隅で抱いていた小さな期待が打ち砕かれたこと、あの素晴らしい日々が戻らないこと。忘れていたはずのいつかの恋の思い出が、解き放たれたようにぶわっと蘇ってくる。そして、我々はエリオと同じように、湧き上がる痛みと愛おしさを噛み締めるように味わうのだ。

 そこでようやく気付く。『君の名前で僕を呼んで』は、特殊な人間による特別な物語でもなければ、同性愛を美化したものでもお涙頂戴な映画でもない。“エリオ”という一人の人間が経験したかけがえのない日々を通して、恋の美しさや愛の尊さに触れることができる映画なのだと。

 誰にも忘れられない恋があり、忘れられない人がいるだろう。あまりの辛さに、すべてなかったことにしたいと思う日も来るだろう。それでも、誰かを愛した記憶や感情を失うことは、あまりに惜しい。「痛みを葬るな。感じた喜びも忘れずに」と、エリオの父・サミュエルは言う。いつか心が衰えて痛みすらも感じなくなってしまうのなら、それまでは愛する喜びも痛みも、すべて認めてあげたいものだ。たとえ理想を叶えることはできなくても、自分の一部として受け入れられる日はきっと来るから。

※1…https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%91%E5%B9%B4%E6%84%9B
※2…https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%A1%E6%80%A7%E5%85%B7%E6%9C%89
※3…https://realsound.jp/movie/2018/04/post-187196_2.html

文|宮谷 行美(みやたに いくみ)
音楽メディアにてライター/インタビュアーとしての経験を経た後、現在はフリーランスで執筆活動を行う。坂本龍一『2020S』公式記事の執筆や書籍『シューゲイザー・ディスクガイドrevised edition』への寄稿の他、Real SoundをはじめとしたWebメディアでの執筆、海外アーティストの国内盤CD解説などを担当。

宮谷 行美(みやたに いくみ)

宮谷 行美(みやたに いくみ)

音楽メディアにてライター/インタビュアーとしての経験を経た後、現在はフリーランスで執筆活動を行う。坂本龍一『2020S』公式記事の執筆や書籍『シューゲイザー・ディスクガイドrevised edition』への寄稿の他、Real SoundをはじめとしたWebメディアでの執筆、海外アーティストの国内盤CD解説などを担当。

最終更新:2022/08/04 09:33
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