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歴史エッセイスト・堀江宏樹の「大河ドラマ」勝手に放送講義

『鎌倉殿』最大の悲劇・実朝暗殺がついに… 史実での黒幕は北条義時?

命を狙われた北条義時と、三浦義村の不自然な動き

『鎌倉殿』最大の悲劇・実朝暗殺がついに… 史実での黒幕は北条義時?の画像2
北条義時(小栗旬)|ドラマ公式サイトより

 公暁が実朝を殺害するそばで、公暁の仲間の法師たち3、4名が(実朝の学問の師とされた)源仲章も斬り殺していますが、注目すべきことに、仲章は北条義時と間違えて殺されたのでは、といわれています。この“勘違い”は義時が実朝の御剣を掲げ持つ役割を担っていたゆえに起こったことでした。

 『吾妻鏡』によると、義時は「心神御違例」……つまり、気分が突然すごく悪くなってしまったので、仲章に代わってもらい、自邸に戻ったといい、仲章は御剣役となったために義時と誤解されたというわけです。一方、『愚管抄』では御剣役として義時は途中まで同行しましたが、実朝が何らかの理由で義時に「(儀式会場とは遠く離れた)中門にとどまれ」と命令したといい、先導役を務めていた仲章が御剣役の義時だと勘違いされたとなっています。

 義時が命拾いをした経緯はともかく、公暁は実朝だけでなく義時も同時に殺そうとしていたことがうかがえます。義時が(『吾妻鏡』において)源仲章に自分の役目を押し付けたのは、神仏のお告げに従ったからだともいいますが、何とも怪しいところです。

 ドラマでは三浦家が成り上がる最後のチャンスだとして、北条義時もろとも実朝を排除し、乳母子にあたる公暁を次の鎌倉殿にしようと暗躍する三浦義村の姿が描かれるようですが、史実における実朝暗殺計画の“黒幕”は、やはり北条義時ではないでしょうか。

 史実の実朝と義時は、ドラマのようにあからさまな対立を見せていたわけではないようですが、京都からやってきた後鳥羽上皇の皇子が「鎌倉殿」になり、その上位存在である「大御所」となる実朝が皇子と結託した場合、いかに義時が「執権」とはいえ、強大な権力を持ち続けることは難しくなるかもしれません。こういう事態は、義時にとって都合がとても悪いのです。

 おまけにドラマとは異なり、史実の実朝は激しい気性の持ち主でした。しかし、そういう実朝を公暁が討ちとってくれるのなら……。実朝は消せるし、公暁も謀反人として粛清できる、つまり鎌倉殿の座から源頼朝直系の者たちを一挙に排除することが可能という一大チャンスとなるわけです。

 しかし、最大のメリットを得る者が疑われるのは必然で、武家社会最大のタブーである「主殺し」の陰謀の首謀者であると噂を立てられたりすれば、義時にとってはダメージです。ですから、黒幕だと追及されるのをかわすために、彼自身も公暁のターゲットにされていたという体裁を取り、義時は自分も“被害者”になるために一計をめぐらしたのではないか……と筆者には思われます。

 以下は筆者の想像ですが、三浦義村が「千日参籠」中の公暁にあれこれと吹き込んで洗脳し、そのことに早い段階で気づいた義時が、「北条への叛心は見逃してやるから、代わりに実朝と公暁を同時に始末しろ。公暁には私(=義時)も襲うよう仕向けておけ」と義村に迫り、ちゃんと自分が命拾いできるよう事前にシナリオを練り上げていた……といったあたりが真実に近いのではないでしょうか。つまり、義村が進めていた公暁の洗脳計画を義時が利用した形ですね。

 実際、事件後の義村と公暁は、そうした推理をしたくなるような動きを取っています。

 暗殺に成功して姿をくらました公暁は、実朝の首を抱えたまま雪の中を逃げのび、彼の後見人の備中阿闍梨の屋敷に向かいました。公暁は食事の間も首を離そうとせず、三浦義村に使いの者を送り、「鎌倉殿が欠位になった。私が就任するから準備してくれ」など悪びれもなく命じています。公暁と義村が何らかの形で結託していたと考えられる部分です。

 興味深いのは、公暁がこのとき、実朝を討った自分が謀反人と見なされる可能性をまったく考えていなかったと思われることです。彼は「我れ、専ら関東の長に当るなり」(『吾妻鏡』)、「今ハ我コソハ大将軍ヨ」(『愚管抄』)などと勝利宣言をしており、興奮気味だったことが史料からうかがえます。つまり、公暁は「実朝さえ討てば、源氏の血筋である自分が鎌倉殿になれる」と思い込んでいたと読み取ることもでき、そうなるように何者かが吹き込んでいた可能性は否定できないでしょう。

 そして義村は公暁に「迎えの使者を出す」とだけ返答し、義時に通報。義時はすぐさま公暁殺害を義村に許可しており、やけに手際よく物事が運んでいます。こうしたことを総合すると、公暁は乳父の三浦義村に心理誘導されて暗殺計画に踏み切ったが、しかしこの計画は実は北条義時が裏で手を引いていたものだった……と考えることができるのです。この事件の背景について定説は存在せず、『鎌倉殿』でどう描かれるかは見ものですが、史実でもスリリングな展開があったように思えてなりません。

 とはいえ、史実の公暁も、義村を完全に信頼していたわけではなさそうです。三浦からの使者がなかなか来ないことを訝しみ、三浦義村の屋敷に直接向かったのです。その道中で義村が送った長尾定景ら率いる追手と遭遇し、両者は乱戦となりました。ドラマでも義村が「剣の腕も天下無双」と持ち上げていましたが、驚異的な体力と戦闘力の持ち主である公暁は、雪の山中で追手を撒き、自分を裏切った三浦の屋敷の板壁を越えようとしたところで殺されたそうです。しかし、奇怪なことに、公暁の遺体がその後どうなったか、どこに埋葬されたかの情報は、どの史料にも残されていないのでした。

 実朝暗殺という日本史上もっとも有名なテロ事件は、義理の子(=公暁)による義父(=実朝)の暗殺劇でもあります。権力欲の前に理性を失っていく公暁、そして彼をそそのかし、破滅に追い込む“黒幕”たちの暗躍を『鎌倉殿』がどう描くのか……。次回の放送を見守りたいと思います。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 12:24
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