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『aftersun/アフターサン』話題の新人監督が描く、父の悲しいまなざしと向き合う物語

『aftersun/アフターサン』話題の新人監督が描く、父の悲しいまなざしと向き合う物語の画像1
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

 話題の新人監督シャーロット・ウェルズの長編初監督作品は、父と娘の物語。

 ウェルズは、短編作品『Tuesday』(2015)でも父親の幻影を描いており、本作にもいくらかの共通点を感じられる。それは、監督自身が10代の頃に父親を亡くしていることが大きく関わっている。自分自身の体験談や当時感じたことを物語として反映させているのだ。

 だからこそウェルズの作品は、父親へ想いというのが、作家性と直接的につながっている。長編デビュー作が父と娘の物語というのは、必然だったといえるだろう。

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シャーロット・ウェルズ監督© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

 また物語に説得力を持たせているのは、今作で父親のカラムを演じ、アカデミー賞ほか数々の映画賞で話題になったポール・メスカルの存在が大きいといえる。

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© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

 メスカルは脚本の段階から積極的にキャラクター構築に参加することで、メスカルの想像するカラム像と、ウェルズの想像するカラム像を擦り合わせた。未来を見ていながらも、最後の時を覚悟しているかのような、まるで光と闇が共存したカラムというキャラクターを作り出したのだ。

 また今作のソフィ役で女優としてデビューを果たしたフランキー・コリオの純粋さが溢れるような演技も重なることで、淡々としていながらも、重圧な父と娘の物語が完成したのだ。

【ストーリー】
11歳の夏休み。普段は別々に暮らす父カラムとトルコのリゾート地を訪れたソフィは、あと2日で31歳になるカラムにビデオカメラを向け、問いかける。
工事中のリゾート施設にたどり着いたカラムとソフィは、予約したはずのツインベッドの部屋ではなく、クイーンサイズのベッドのみが置かれた狭い部屋に案内されてしまう。やむなく簡易ベッドに眠ることになったカラムは、ソフィが眠りについたあと、バルコニーでひとりタバコを吸い、闇の中で踊る。兄と間違えられるほどに若く見えても娘思いの優しい父親であるカラムは、旅行のために最新の家庭用ビデオカメラを入手し、ソフィの背中に入念に日焼け止めを塗り、タバコは体に悪いと切々と語り、太極拳の護身術を教える。母親との暮らし、学校生活について話をしながら、かけがえのない親密な時間を過ごすふたりだったが……。

あの頃、父の目には何が映っていたのだろうか?

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© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

 子どもの頃には気づかなかった父親の気持ち。自分も大人になり、親になった。そんな立場から改めて当時の父の姿を見ると、その眼差しの中には悲しみがあった。あの時、父は何を考えていたのだろうか……。

 今作は、言ってしまうと、ただの他人のホームビデオを観ているような感覚になる作品で、淡々と断片的に物語が進むだけで、退屈に思う人も多いかもしれない。それなりの年齢になっていないと気づけないような、特に若い世代にはなかなか共感しづらい部分も多いかもしれない。

 ただ、刺さる人には刺さる作品であることは間違いなく、少なからず自分の親のことを想像してしまうはず。

 カラムとソフィは親子ではあるが、両親は離婚しており、ソフィは母親と一緒に住んでいる。娘も思春期に差し掛かり、今後何回会えるかもわからない。つまり、カラムとソフィが一緒にいられる時間というのは、かなり限られている。だが、なぜこれが最後のようにも感じられるのか、それがなぜなのかは明確には語られない。

  それにも関わらず、ずっとそばにいてあげることがでない娘に対して、自分は親として何をしてあげられて、何を教えることができるのか……。

 まだわからない将来のことについて助言するカラムの姿からは、自分がいないかもしれない未来を想像しているようにも感じられる。

 といったように、カラムの表情や言葉から不安や焦りといったものが透かして見えてくるようで、それにソフィもなんとなく気づいていながらも、子どもだから言えない、どう言葉にしていいのかわからない。

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© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

 父カラムの視点、子ども時代のソフィの視点、そして現在のソフィの視点が交差することによって、とてつもない切なさと、その当時に戻ることができない時間の不可逆性、もどかしさを感じさせる。

 そして、それとは対照的に映し出されるトルコのリゾート地の美しい風景や、アクアやデヴィッド・ボウイといった、90年代を彩った音楽の数々が、断片的な記憶をより印象的なものにしている。

 多くを語らず、1本のホームビデオを通して、観客にストーリーの奥行を想像させる。観客それぞれの記憶をもリンクさせる作品の中では、群を抜いている。

 

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© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

『aftersun/アフターサン』
全国公開中

監督・脚本:シャーロット・ウェルズ
出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロールソン・ホール
プロデューサー:アデル・ロマンスキー、エイミー・ジャクソンほか
キャスティング・ディレクター:ルーシー・パーディー
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:aftersun/2022 年/イギリス・アメリカ/カラー
ビスタ/5.1ch/101 分 字幕翻訳:松浦美奈 映倫:G
5/26(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国公開

バフィー吉川(映画ライター・インド映画研究家)

毎週10本以上の新作映画を鑑賞する映画評論家・映画ライター。映画サイト「Buffys Movie & Money!」を運営するほか、ウェブメディアで映画コラム執筆中。NHK『ABUソングフェスティバル』選曲・VTR監修。著書に『発掘!未公開映画研究所』(つむぎ書房/2021年)。

Twitter:@MovieBuffys

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ばふぃーよしかわ

最終更新:2023/06/17 13:00
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