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『徹子の部屋』ピン芸人・ヒロシ、6度目の地獄へ……破壊と再生のレクイエム

〈ヒロシ〉保護猫との出会いで僕の人生が激変! | TVer

 次の犠牲者は、こいつだ。

 というわけで、あらゆる芸人を地獄に叩き落とすことで知られる『徹子の部屋』(テレビ朝日系)。23日放送分には、ヒロシが登場した。

 ヒロシといえば、2000年代中盤、『エンタの神様』(日本テレビ系)をきっかけに大ブレーク。「ヒロシです……」をブリッジにして自虐的なひと言をつぶやくネタで、一気にスターダムにのし上がったピン芸人だ。

 そのブレークぶりは凄まじかった。トレードマークは、ピンスポットにたたずむスーツ姿。暗い目をした金髪の青年の稼ぎは優に億を超え、その大半を夜の街に溶かした。

 しかし、元来は人見知りで繊細な男である。過密スケジュールに忙殺されるうちノイローゼに陥り、テレビへの出演を拒否するようになった。地道なライブ活動を再開しても集客は伸び悩んだ。「死ぬまで応援します! ってファンがたくさんいたんですよ。全員死んだのかな」当時のヒロシの言葉だ。

 その後、ネタ本の出版をきっかけに再び脚光を浴びるようになると、担当マネジャーとともに事務所から独立。だがこの独立は、さらなる稼ぎを得るためではなく、自分のペースで仕事をするための決断だった。

 転機は15年、YouTubeに「ヒロシちゃんねる」を開設し、趣味だったキャンプ動画を投稿し始めると、徐々にその「黙々とキャンプするだけ」というスタイルが評判になり、登録者数を伸ばしていく。20年には「ソロキャンプ」が新語・流行語大賞にノミネートされるなど、ヒロシはキャンプ芸人の第一人者としての地位を確立していった。

 そんなヒロシだが、これまで第1次ブレーク期に1度、ブレーク後に4度の『徹子の部屋』出演を果たしている。まさに徹子こそが、ヒロシの人生の生き証人ともいえる関係だ。

 今回の出演は6度目。いつものように『徹子の部屋』にテントを持ち込み、頭に白タオルを巻いて現れたヒロシ。ジーパンにチェックのシャツというキャンプ仕様のいで立ちである。

 この日のテーマは「保護猫」。昨年から猫の飼育を始めたというヒロシは、終始穏やかな笑顔で、その保護猫「あっちゃん」の可愛さを語り続けた。番組は、猫の写真、ヒロシの笑顔、徹子の笑顔、猫の写真、猫の動画、ヒロシ自作の猫をテーマにした鼻歌、猫の写真、徹子の笑顔と、地獄とは思えない平和な光景。ヒロシの語り口も、まったくお笑い芸人のそれではなく、人のいいキャンプ好きなおじさんタレントといった風情だ。このまま平和に終わってほしい、ヒロシに傷ついてほしくない。もう51歳だ。ネタだって、ずっとやってない。どうか、どうか……。

 だが、番組後半、突如としてムジョルニアの鉄槌は振り下ろされた。

「CMの後は、お待ちかねの『ヒロシです』を──」世界を終わらせるデーモンキャットのような微笑みが、漆黒の玉ねぎの下でうごめいていた。

 * * *

 キャンプおじさんスタイルのまま、ポーズを決めるヒロシ。ピンスポットが残酷に降り注ぐ。その目に光がないのは、忘れかけていた自虐キャラに入ったからか、あるいは、もう死ぬのか。葬送曲が聞こえる。

「ヒロシです、テレビ局で会う、ほとんどの人から、久しぶりって言われます」

 徹子はピクリとも動かない。その顔面は吽形のごとく。

「ヒロシです、独り言で、噛みました」

 ネタをやらせると決めたときは、あんなに笑っていたのに。

「ヒロシです、のどが渇いているのだから、カステラを勧めないでください」

 なんか徹子がうなずいた。怖い。

「ヒロシです、布団をめくったら、中に野良犬が寝ていたことがあります」

 突如、徹子が笑い出した。うふふふふとか言ってる。怖い。

「ヒロシです、ヒロシです、ヒロシです……うん」

 実はこの野良犬ネタ、徹子の大のお気に入りなのだ。前回の出演時には、ヒロシに「犬が寝てたの、やっていただいたじゃない。犬のネタがいいと思う私」と執拗におねだりした過去があるほどだ。

 以来、ヒロシは徹子の前で「犬のネタ」から逃れることはできない。ワードを武器に戦う芸人にとって、ワードを強要されることほどの屈辱はない。当のヒロシも、ブレーク時にテレビ局からネタ中のワードを指定され、それを拒否して干されかけたこともある。

 だが、ブレークから20年がたっていた。あのころのヒロシにも、それだけの時間が流れた。ファンは全員死んだかもしれないが、家に帰れば愛する保護猫が待っている。目の前には、保護猫と同じくらい可愛い徹子がいる。

 徹子はネタを強要したことなど、まるでなかったかのように「本名は、何かあるんですか?」と聞いた。

 ヒロシがヒロシでなくなる時間があることを、徹子は知っている。私の前ではヒロシ、あなたはヒロシでなくてもいい、本名の齊藤健一にだって価値がある。深い山の中でひとり、夜の静寂にそれを見つけたのは、ヒロシ、あなただったはずだ。

 徹子がもたらしたのは、そんな再生のメッセージだったのかもしれない。

(文=新越谷ノリヲ)

新越谷ノリヲ(ライター)

東武伊勢崎線新越谷駅周辺をこよなく愛する中年ライター。お笑い、ドラマ、ボクシングなど。現在は23区内在住。

n.shinkoshigaya@gmail.com

最終更新:2023/10/24 19:00
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