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『さよならマエストロ』第8話 マエストロ故郷に帰る、當真あみの演奏シーンに痺れる

第8楽章 親子の愛のカタチ | TVer

 3日放送のTBS日曜劇場『さよならマエストロ~父と私のアパッシオナート~』は第8話。マエストロ故郷に帰る、の回です。

 印象的なシーンがありました。閉館してもぬけの殻になったホールで、手持ち無沙汰な響ちゃん(芦田愛菜)がヒマつぶしに「開館」「閉館」のアナウンスをかけるんです。

 誰もいないホールに女性の声で流れる「晴見市、あおぞら文化ホールをご利用のみなさん、おはようございます。ご利用の申請は~」というメッセージ。その声のバックには、グリーグの「ペール・ギュント」第1組曲第1曲「朝」が聞こえています。「当ホールは、間もなく閉館いたします。またのご利用を~」には、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」の第2楽章「ラルゴ」。

 音楽なんだよなぁということを思い出すんです。日常、聞こうとしなくても勝手に耳に入ってくる当たり前すぎるこの2つの音も、音楽なんだよなぁと。このシーンでは響ちゃんの音楽への未練を描くとともに、人の生活の中から音楽を抽出してみせています。「音楽が人を変える」というドラマの大テーマが指しているその「音楽」というのは、決して特別なものではなく、私たちの生活の中に溶け込んでいるものなのだという再定義。つまりは、「だから、このドラマはあなたにも関係がある」という視聴者への呼びかけです。上手い演出だと思う。ちょっと鼻につくくらい上手い。

 そんなわけで今回の物語はドヴォルザークの「ラルゴ」つまり「家路」がモチーフになりました。振り返りましょう。

■連ドラの途中でフォーカスを切り替える

 第6話あたりまで地方アマオケを巡るドタバタ群像劇だったこのドラマですが、前回からがぜん、主人公のマエストロ(西島秀俊)にフォーカスを切り替えました。それまで、このドラマが描いていたマエストロの内面といえば「音楽が好き」「奥さんが好き」「あとは何もできん」くらいのもので、それよりも「この人は天才なんです」「音楽の天才とはこういうものです」という客観的な描写ばかりでしたが、いよいよ彼本人の人物像が語り明かされていくことになります。

 まずはこの天才マエストロが、いかにして生まれたかというお話。

 響ちゃんを連れて故郷・高松に帰ることになったマエストロ。町内放送で「家路」が流れる夕刻、実家に帰り着きますが、呼び鈴を押すことができません。この人、18歳のときに勘当されて指揮者になって、それ以来、帰っていないんだそうです。

 そこに現れた父親(柄本明)は、マエストロをシカト。エモ氏の顔面が怖すぎて、この親子に強烈な確執があることが一発で理解できます。

 マエストロは野球に熱中していた高校時代、隣の家に引っ越してきた外国人が昼夜を問わずかき鳴らしていたバイオリンに胸を(耳も)撃ち抜かれ、クラシックの世界に足を踏み入れたのでした。その撃ち抜かれぶりは常軌を逸しており、父親が監督を務める野球部の甲子園予選をすっぽかして東京のコンサートに行ってしまうくらい。

 これに激怒したエモ氏を殴り飛ばしてしまい、その勢いで退路を断ってコンダクターになったのだそうです。エモいね。

 この話、視聴者である私たちは初めて聞いたわけですが、響ちゃんやオケのメンバーも初めてです。ここまで時間をかけて彼らの人物像を描いてきたおかげで、こっちも彼らがどんな人たちかすっかり理解していますので、「マエストロ、そんな感じで音楽を始めたんだ」と同時に「響ちゃんたち、この話聞いてどう思うんだろう?」という興味が湧いてくる。こういうところに、クール前半にフォーカスを引いてマエストロ以外の人物への演出に心血を注いできた効果が出てるわけです。ほんと、よくできてる。

 結果、エモ父とマエストロはいい感じで和解してました。

■もう一組の親子の話

 マエストロが隣人のバイオリンに撃ち抜かれて音楽に目覚めたように、晴見フィルの奏でた「運命」に撃ち抜かれてコンダクターを目指した未経験者がもうひとり。フィルの天敵である市長の実娘・天音ちゃん(當真あみ)です。

 天音ちゃんは密かにバイオリンを練習していたことがパパにバレてしまい、一度はあきらめたもののやっぱりダメで、家出してしまいます。家出先は、マエストロの故郷・高松でした。お留守番のはずだった天音ちゃんの同級生で響ちゃんの弟・海くん(大西利空)が連れてきたのでした。

 その高松で、天音ちゃんはマエストロのスピーチを聞くことになります。

「あなたの夢を否定するその言葉に耳を貸さないでください」

「たとえいつかその夢が終わったとしても、自分の心が本当に欲するものに従って夢中で生きた日々は、あなたの人生のかけがえのない宝物になります」

 こういうのは、もういい年になるとあんまりスッと入ってこないんです。まあ生存者バイアスだし、夢中で生きたことによって失うものも多々ありますよと思ってしまう。マエストロも、そういう気質が原因で奥さんから三下り半を突き付けられているわけで。

 でも、これを素直に受け止めた若者がそのメッセージを体現してみせたりすると、それはもう痺れちゃう。痺れちゃうんだ。

 晴見に戻った一行の前に市長が現れ、天音ちゃんに「帰るぞ」と言います。なんと冷酷な言い方。そんな市長にマエストロがなんか言ってる後ろで、天音ちゃんがおもむろにバイオリンを弾き始めるんです。

 最初は、簡単な単音の「キラキラ星」。これには市長も「気が済んだか」とすまし顔ですが、続いて天音ちゃんが演奏した和音の同曲には、さすがに心動かされないわけにはいきませんでした。響ちゃんをして「絶対無理」とされていた難しいアレンジを、わずか2カ月でマスターしていたのです。

 この和音の演奏が終わった瞬間、ちょっと満足気に天音ちゃんが笑うんですよね。とても悲しい気分で、もう父親である市長を納得させるとかそんな話でもなく、とにかく今できることはこれを演奏することしかない、演奏しなければ立ってすらいられない、そういう極限の状況の中で、ちょっと笑うんです。あらゆる悩みや不満より「演奏できた」という達成感が一瞬だけ上回るという、とても繊細な笑顔。

 當真あみ、すげえ芝居するな。と思ったら、あてぶりじゃなくて実際に演奏してたんだそうですね。なるほど、俳優としての大仕事でした。

「たった2カ月でここまで弾けるようになったんだよ」

 実際には3歳半からバイオリンやってるそうですけど、ちょっとしばらく忘れられなくなりそうなシーンを作りました。第2話でオーケストラの副旋律をすべて聞き分けるという音楽的センスを見せつけた天音ちゃんでしたが、ここに至って「めちゃ練習する才能」を持っていることも表現されました。

 余談ですけど、むかし「新潮45」(新潮社)でビートたけしとジョー小泉がボクシングについて対談していたことがあって、その中で世界的マッチメーカーのジョーさんが言うんです。「天才だと思ったのは、モハメド・アリとシュガー・レイ・レナードだ」と。2人ともスピードとセンスの塊みたいな選手ですから、まあそんな「生まれ持ったセンス」みたいな話かなと思ったら「彼らは練習が遺伝子に組み込まれていて、いくらでも練習できる」という話だった。「はぁー……」と思ったんだよなぁ。まあ、余談です。はい。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

どらまっ子AKIちゃん

どらまっ子です。

最終更新:2024/03/04 10:00
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