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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.51

ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』

boysontherun.jpg今までの人生で熱くなれるものに出会えなかった田西(峯田和伸)だが、
憧れの女子社員・ちはる(黒川芽以)に”しろうと童貞”を
捧げるという生き甲斐を見つけ、大暴走劇を始める。
(c)2010花沢健吾/「ボーイズ・オン・ザ・ラン」製作委員会

 下半身はヤリチン、でも心は童貞のままという、みうらじゅんの分身・中島役を『アイデン&ティティ』(03)で演じ、俳優デビューを飾った峯田和伸。ミュージシャンとしての本業・銀杏BOYZでは、ステージ上ですぐにすっぽんぽんになることで有名だ。同じく、みうらじゅん原作の『色即ぜねれいしょん』(09)では、現役童貞少年たちを見守るユースホステルのヘルパー役で出演。さそうあきら原作の『俺たちに明日はないッス』(08)では、南沙織、森高千里が歌ったアイドル歌謡の名曲「17歳」を童貞讃歌へと過激にアレンジして激唱した。童貞界のしんぼるちっくな存在となりつつある。

 さらに”脱童貞”をテーマにした性春コメディ『グミ・チョコレート・パイン』(07)の黒川芽以、『恋の門』(04)の松田龍平が共演。1月30日(土)より公開される『ボーイズ・オン・ザ・ラン』は、童貞映画のBIG3が顔合わせを果たした豪華決定版といえる作品だ。

 原作は八戸出身の花沢健吾の同名コミック。誕生日をテレクラで迎えてしまう情けない弱小玩具メーカーの営業マン・田西敏行(峯田和伸)が主人公。29歳にして”しろうと童貞”を棄てようとするものの、テレクラで朝青龍タイプの女性と遭遇してしまい、懸命に逃げ出すシーンからドラマは始まる。場所は池袋か。やけにリアルなエピソードだが、原作者の実体験らしい。また、山形出身の峯田も「結婚する人と初めてセックスしてやる、みたいな」(『鈴木おさむの胸キュン短歌』NMNL刊、での対談コメント)考えを持ち、22歳まで童貞を守っていたそうだ。下半身をコントロールできずに脱線暴走してしまう不器用なサラリーマン役にハマっている。

 ロスト・ヴァージンは文芸的な香りが漂うのに対して、童貞喪失には笑いの要素が付きまとう。童貞ボーイの挙動不審な行動には、珍獣を生態ウォッチするような面白さがある。田西は同じ会社に勤める憧れの女子社員・ちはる(黒川芽以)とお近づきになろうと、ソフトAVと間違って獣姦ビデオを渡してしまい、「この世の終わりだ」と頭を掻きむしる。せっかく飲み会の後でちはるを誘ってラブホに入るも、ちはるに「私、処女なの。もっと田西さんのことを知ってから、ね?」と上目遣いで言われると、SMプレイ用の手錠を自分に掛けて、目をギンギンにしたまま朝を迎える。『わくわく動物ランド』を観ているようで面白い。自分自身もかつては田西と同じように悶え苦しんでいたことは棚に上げて。

boys03.jpg“しろうと童貞”の生き殺しの図。しろうと童貞は、
このような無意味な修行を何度となく積み重ねる。
脚本・監督の三浦大輔(ハマの番長とは別人)は、
乱交パーティーを題材にした舞台『愛の渦』で
岸田戯曲賞を受賞した演劇界の才人。

 かくいう自分も童貞時代には、SEXさえ経験すれば、体の中に隠された様々なスイッチが起動し、身長もぐんぐん伸び、筋骨隆々な『蘇る金狼』(79)、『野獣死すべし』(80)に出演していた松田優作的なワイルドな大人の男にトランスフォームするんだろうと夢想していた。女体の神秘を知ることで、世界中の森羅万象の謎が解明できるとさえ信じ込んでいた。いわば、童貞少年はファンタジー界に半分足を置いた存在。妖怪人間ベムの「はやく人間になりた~い!」という叫び声がよく似合うクリーチャーなのだ。

 今まで熱くなれるものが見つからずに、だらだらと働いていた田西だが、ちはるという”しろうと童貞”を捧げるべく本命に出会い、がぜん下半身だけでなく全身にやる気がみなぎる。これまで何百、何千回とムダ打ちしただろう自分の精子たちに初めて目標を与えることができたという喜び。浮かれる田西に、思わずエールを送りたくなる童貞ボーイ、および元童貞ボーイも多いはずだ。

 しかし、ちはるといいムードになっても、最後の一線を越えるに越えられないというもどかしさ、やるせなさが童貞歴・29年の田西を襲う。相手に対する想いが強ければ強いほど、緊張感が高まり、下半身は迷走状態に陥る。まるで空気の薄いチョモランマの頂上を目指す登山家が、悪天候の中で登頂か下山かの最終決断を迫られるような心境だろう。そして登頂のための準備に長年励んできた男たちは、霊験あらたかな山頂を目前にして学ぶのだ。”世の中は理不尽さ、不条理さで満ちている”と。

 『ボーイズ・オン・ザ・ラン』とあまりに対照的な作品がある。津軽出身の太宰治の自伝的小説を映画化した『人間失格』(2月20日公開)だ。主人公の葉蔵(生田斗真)は恵まれた環境に生まれ育ち、女性にモテモテな画家の卵。毎晩のように飲み歩き、カフェの女給(寺島しのぶ)、子持ちの女性編集者(小池栄子)、タバコ屋の看板娘(石原さとみ)らと次々とねんごろな関係となる。しかし、いくら華麗な女性遍歴を重ねても、葉蔵の生き辛さは解消されることはない。心中未遂に薬物中毒に陥った葉蔵は、さらに薬屋の女主人(室井滋)、療養先の老女(三田佳子)とも性的関係を持つ。現実社会に自分の居場所を見付けられない葉蔵が、”女”という名の地獄をさまようロードムービーでもある。モテモテはモテモテで苦労するらしい。まぁ、同情はしないけどね。

 さて、『ボーイズ・オン・ザ・ラン』だが、物語は後半、怒濤のモードチェンジを迎える。脱童貞を巡るラブコメ的展開から、『ロッキー』(76)の情熱に『タクシードライバー』(76)の狂気を加味した大ボクシング映画へと跳躍するのだ。愛するちはるをライバルに奪われた田西は、己の拳で逆襲することを誓う。今まで一度も人を殴ったことのない田西だが、ボクシング経験者の同僚・鈴木さん(小林薫)をトレーナーに、昼休み&残業を返上してボクシング特訓に励む。行き場を失った精子たちの怒りを拳に溜め込んだ田西は、人生初めてのケンカで一矢報いることができるのか。田西の必殺パンチ”サラリーマンアッパー”が唸りを上げる。

 原作コミックを読んでみて、驚いた。映画はコミック全10巻中5巻までをドラマ化しているのだが、原作ではちはるはヒロインではなく、ちはるのエピソードは、田西にとって運命の女性・大巌花(ボクシングジムのトレーナー)と出会う前の序章に過ぎなかったのだ。序章だけで5巻も費やすなんて、原作者の暴走ぶりもすごいよ。いわば、映画は原作での本章に入る前のカウパー腺液部分をすくって固形化したことになる。しかも、かなり濃いめだ。童貞なるものの、奥深さを感じさせるではないか。

 原作での田西は、全力疾走に続く全力疾走で、最後の最後に本当の愛をつかみ獲る。映画の田西も、これから全力疾走を続けるはずだ。不条理で理不尽なことだらけの現実社会を嘆いてばかりいても始まらない。全力疾走した瞬間のみ、己の前に真っすぐな道が開けるのだ。『僕の前に道はない。僕の後に道ができる』。やはり童貞ボーイには、高村光太郎の詩集がよく似合う。
(文=長野辰次)

boys02.jpg

『ボーイズ・オン・ザ・ラン』
原作/花沢健吾 監督・脚本/三浦大輔 出演/峯田和伸、黒川芽以、YOU、リリー・フランキー、でんでん、尾上寛之、渋川清彦、米村亮太朗、大谷英子、遠藤雄弥、岩松了、松田龍平、小林薫 配給/ファントム・フィルム 1月30日(土)よりテアトル新宿、シネセゾン渋谷ほか全国ロードショー <http://www.botr.jp>

童貞ソー・ヤング

童貞バンザーイ!!

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最終更新:2012/04/08 23:03
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