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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.17

地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』

wrestler01.jpg『シン・シティ』(05)では特殊メイクで覆われていた素顔をさらけ出した往年の
セクシー俳優ミッキー・ローク。ガムテープで修繕したダウンジャケットが哀愁を誘う。
(c) Niko Tavernise for all Wrestler photo

 リングの上で一度死んだはずの男が、再びリングに舞い戻り、見事に甦った。92年に両国体育館で行なわれたプロボクシング・スーパーミドル級6回戦に、シースルーのヒョウ柄パンツで登場したミッキー・ロークのことだ。本人は「スナップを利かせたつもり」という”猫パンチ”で1R2分8秒KO勝利(ファイトマネー1億3,000万円)を収めたが、本国アメリカよりずっと温かい声援を送っていた日本のファンからも失笑を買い、やがてボクシング界からフェイドアウト。その後は、離婚騒動や豪邸売却、整形手術のしすぎによる顔面崩壊などのゴシップニュースでしか主演の座を張ることができなくなってしまった。10数年間チワワだけが信頼できる友人だったそうだ。

 ハリウッドで長らくゾンビ状態と化していた彼だったが、落ちぶれたプロレスラーを演じた『レスラー』で脚光を浴びている。観客はプロレスの特訓に4カ月要したという彼の熱演を観るのと同時に、かつて『ナインハーフ』(85)や『エンゼル・ハート』(87)でセクシー俳優ともてはやされた50歳すぎた男の疲れた肉体から、人生の重みとはかなさを合わせて観ることになる。『レスラー』はミッキー・ロークが自分の肉体を奮い立たせ、世間の冷たい視線に抗いながら再起を図る姿を追った、台本のあるドキュメンタリー映画といってもいいだろう。

wrestler02.jpgランディ(ミッキー・ローク)の心の支えは、年増の
ストリッパーのキャシディ(マリサ・トメイ)だけ。
『あしたのジョー』の矢吹丈にとっての白木葉子
さん的存在でもある。

 ミッキー演じるランディ”ザ・ラム”ロビンソンは、全盛期にはマジソン・スクエア・ガーデンをフルハウスにしたほどの人気レスラー。しかし、かつての栄光は今いずこ。現在は狭いトレーラーハウスを寝床に、平日は近所のスーパーマーケットでパートタイマー、週末のみインディーズ団体のリングに上がり、細々と暮らしている。ギャラが入ったときに、馴染みのストリッパー・キャシディ(マリサ・トメイ)のいる酒場で一杯やるのが唯一の楽しみ。長年の不摂生とステロイド注射のせいで、体はボロボロ。急に自分の老後が心配になり、音信不通にしていた娘ステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)に愛想笑いを浮かべながら会いにいくも、余計に嫌われるという始末だ。試合のシーンでは、現役レスラーであるネクロ・ブッチャーとのハードコアマッチで業務用ホッチキスを体に打ち込まれるが、演じているミッキー同様に、観ているこちらの心までチクチクと痛くなってくる。

 負け犬人生を歩むランディだが、うらぶれた汗臭いプロレス会場が何とも懐かしく温かく描かれている。若いレスラーたちは一時代を築いた先輩レスラーのランディに対して目を輝かせながら敬意を払い、引退して中古車のディーラーに転職した往年の宿敵レスラーも、20年ぶりの再戦に関わらず、ランディの体の異変に古女房のごとくいち早く気付く。ミッキーが言葉をしゃべらないチワワしか信頼できなかったように、ランディにとってはレスラーだけが理解し合える仲間なのだ(ストリッパーとして体を張るキャシディもそれに準ずる存在)。自分の肉体を使うことでしかコミュニケーションできない、時代遅れの彼らを最初は笑いつつも、次第にとても愛しく思えてくる。やがてランディは、自分が輝ける場所はリングしかないことを悟り、命と引き換えにその輝きを取り戻そうとする。

 ボクサーとして厳しく律してくれるトレーナーに出会えなかったミッキーだが、本作ではダーレン・アロノフスキー監督というひと周り以上年下の優秀なトレーナーと出会うことができた。アロノフスキー監督は、数式の研究のしすぎでイッちゃった天才数学者の悲劇を描いたデビュー作『π/パイ』(98)、ドラッグのやりすぎでイッちゃった哀れな母子を描いた『レクイエム・フォー・ドリーム』(00)、病気の妻を愛するあまり精神がイッちゃった医者をヒュー・ジャックマンが演じた『ファウンテン/永遠につづく愛』(06)など破滅的な人生を送る主人公を常に撮り続けている、こだわりの映像作家だ。また、アロノフスキー監督はハーバード大卒の超インテリで、家庭環境に恵まれず少年期からアウトロー人生を過ごしたミッキーとは対照的な学歴の持ち主。強いて2人の共通項を挙げるなら、アロノフスキー監督はユダヤ系、ミッキーはアイルランド系と共にマイノリティー側の人間ということだろう。

 スタジオ側はトラブルメーカーであるミッキーではなく、集客力のあるトップスターのニコラス・ケイジの起用を求めてきたが、アロノフスキー監督は大幅な製作費カットを飲んでまでミッキー主演を貫いた。これで監督の期待に応えなければ、ミッキーはクズ俳優どころかクズ人間になってしまうところだった。美談として伝えられているエピソードだが、アロノフスキー監督にはニコラス・ケイジ主演ではリアルなドキュメント的な面白さが出せないという冷静な読みもあったはず。ミッキーに対しては撮影が無事終了した時点でギャラを払うという、したたかさも見せている。しかし、それゆえにトレーナーとして良き仕事をまっとうできたのだ。優しさだけでは、ゾンビ化した元スターを立ち直らせることはできないことを年下のトレーナーは知っていたのだ。

 映画のクライマックス、心臓に疾患を抱えるランディは、死に場所を求めて最後のリングに向かうが、そのことを知らない観客たちは老体を晒して戦うランディに大声援と割れんばかりの拍手を送る。感動的というよりも、恐ろしく残酷なシーンだ。ランディにとって、リング上で肉体の痛みに耐えながら浴びる歓声と拍手は最高のドラッグなのだ。適度な使用は強壮効果をもたらすが、過度の使用は死に至る劇薬でもある。

 プロレスやボクシングとは異ジャンルになるが、天才漫才師と称せられた横山やすしも、ステージ上で浴びる喝采と爆笑の渦という快楽から逃れられなかった1人だと思う。やすしきよしの漫才コンビ解消後、ステージで得られる快感を日常生活では見いだすことができず、代用品である酒に溺れていった。日本の芸能界で破滅的人生をまっとうした最後の大物芸人だ。丸腰でリングやステージに上がるということは、コロセウムでライオンと対峙することと同じくらい刺激的かつ危険な行為なのだ。

 ミッキー・ロークは棺おけに片足を突っ込んだ老レスラーを演じることで、スター俳優として蘇生した。4月にはプロレスの祭典「レッスルマニア」に飛び入りでリングインし、人気レスラーのクリス・ジェリコを相手に再び”猫パンチ”を披露し、会場をビミョーな空気にしている。やはり『レスラー』は、ミッキーの現在進行形のドキュメンタリーのようだ。名トレーナー、アロノフスキー監督の手を離れたミッキーは、これからは台本のない人生を演じなくてはならない。ミッキーにとって、過去に演じたどんな役よりも一番難しいに違いない。
(文=長野辰次)

wrestler03.jpg

●『レスラー』
監督/ダーレン・アロノフスキー
主題歌/ブルース・スプリングスティーン
出演/ミッキー・ローク、マリサ・トメイ、エヴァン・レイチェル・ウッド アーネスト・ミラー ディラン・サマーズ
配給/日活
6月13日(土)より渋谷シネマライズ、TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー
http://www.wrestler.jp

ナイン・ハーフ

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最終更新:2012/04/08 23:06
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