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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.46

押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』

asaruto.jpg“美女&ミリタリー”という押井守監督の嗜好性が色濃く反映された
実写映画『アサルトガールズ』。女狙撃手グレイに扮した黒木メイサの
クールなイメージは、無国籍なSFワールドによく合う。
(c)2009 八八粍・デイズ/ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント

 押井守作品を観る度に、”胡蝶の夢”について思い浮かべる。押井守監督の出世作『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84)は鬼娘ラムの思い描く夢の世界がマトリョーシカのようにどこまでも続く”入れ子式”の物語だった。果てしない夢の世界を紡ぐ押井作品を観ているうちに、物語を享受している自分さえも、実は押井監督が生み出した夢の世界の住人ではないのかという気になってくる。『ビューティフル・ドリーマー』が高い評価を得た押井監督は、舞台を夢の世界から仮想空間や電脳世界へと進化させ、『機動警察パトレイバー2 the movie』(93)、『GHOST IN THE SHELL攻殻機動隊』(95)、『アヴァロン』(01)、『イノセンス』(04)、『スカイ・クロラ』(08)といったより緻密な押井ワールドを構築していく。

 押井作品はその世界観を哲学的な講釈によって理論武装化しているのが特徴だ。そのイメージで実写映画『アサルトガールズ』を観た押井ファンは、驚くに違いない。冒頭でこそ近未来のヴァーチャルゲームを題材にした実写映画『アヴァロン』の世界観を踏襲していることが従来の押井調で語られるものの、これまでの押井作品に顕著だった難解さはストーリー上からは全く影を潜めている。黒木メイサ、菊地凛子、佐伯日菜子の3人の美女たちが扮するゲームプレイヤーたちが仮想空間アヴァロン(f)に潜む伝説の巨大モンスターと対決するという極めてシンプルな娯楽作品なのだ。押井監督のこの変貌ぶりは一体どうしたことだろうか?

 月刊サイゾー12月号で押井監督をロングインタビューしたところ、『攻殻機動隊』以降世界が注目する映像作家から単純明快なこんな回答が返ってきた。

「体が元気になったということです。数年前から空手を始めたこともあるかもしれないけど、一番の原因は更年期が終わったということ(笑)。体が元気になったら、自然と美しいものに魅了されるようになったんですよ」

 美しいもの=女優、というわけだ。押井作品というと、難解な世界観やマニアックな歴史的注釈に気を奪われがちだが、もともと押井監督は宇宙サイズのラブコメ『うる星やつら オンリー・ユー』(83)で監督デビューを飾った人。虎柄のビキニ娘ラムちゃんというセクシーな美女ありき、で監督としてのキャリアをスタートさせているのだ。その後、『攻殻機動隊』で全米ビルボードチャートを制し、ポーランドで『アヴァロン』を撮影し、『イノセンス』でカンヌ映画祭、『スカイ・クロラ』でベネチア映画祭に参加し、ぐるりと世界を一周して、美女を主人公にした陽性のSF冒険活劇へと原点回帰を果たしたのが本作ということか。

asaruto02.jpg伊豆大島でのロケ撮影を満喫した押井守監督。
「三原山は夜は霧が出て遭難するから、日没で
撮影を終えて、夜は宿に戻ってビールを飲んで
DVDを観る生活。みんなハッピーだった(笑)」
と振り返る。

 また、押井監督は押井作品の重要なモチーフである”夢の世界””仮想現実”についても興味深いコメントを残した。

「結局ね、『アヴァロン』にしても『攻殻機動隊』『イノセンス』、それに『スカイ・クロラ』も”あの世”の話だということに気づいたんです。あの世とこの世を行ったり来たりする人の話なんですよ。どれも陰鬱な世界なのは、そのため。鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』(80)と同じ世界なんです。映画のつくり手は必ず”死生観”にハマる時期があるものなんです。宮さん(宮崎駿監督)の『千と千尋の神隠し』(01)や『ハウルの動く城』(04)も、あの世の話でしょ? 『崖の上のポニョ』(08)だって、あの世を明るく描いたものですよ。北野武監督の『ソナチネ』(93)や『HANA-BI』(98)も死生観の映画。ボクも、ずっと前からそういう世界を描き続けてきたわけです。ボクが電脳世界や仮想空間といった虚構世界と相性が良かったのは、あの世と似ていたから。あの世にずっと片足を突っ込んだ状態だったけど、いい加減いいやと思ったということです」

 あの世から無事帰還を果たした押井監督は、アニメスタジオを飛び出すや、ぴちっとした戦闘用ボディスーツの似合う黒木メイサ、短編映画『ASSAULT GIRL ケンタッキーの日菜子』(オムニバス映画『真・女立喰師列伝』(06)収録)で主演を務めた佐伯日菜子、『スカイ・クロラ』でベネチア映画祭への道中を共にした菊地凛子を伊豆大島に招き、2週間にわたるロケ撮影を敢行した。女優たちは、それぞれスケジュールをズラして個別に撮影したとのこと。三原山の荒れ地に佇む3人の美女たちをカメラで追うという、希代のプレイボーイ・諸星あたるさながらのご機嫌な日々だったようだ。

 ポジティブ思考になった押井監督は「これからは、何でも撮りますよ」ともロングインタビューの際に語った。こちらが「黒木メイサ主演で、実写版『うる星やつら』なんて企画でも?」と向けてみると、「やれと言われれば、やりますよ。三池崇史監督が実写版『ヤッターマン』を撮ったようなものですよね。実際に『うる星やつら』の実写化企画はありました。もちろん、ボクが撮るからにはボクなりの方法論の作品になりますよ。悟りの境地といった大げさなものじゃないけど、こだわり過ぎて難解なものを作ってしまうよりは、そのほうが楽だし、自分も周りも観客もハッピーになるわけです」。

 『アサルトガールズ』は長編映画と呼ぶには、チト短い70分の上映作品となっている。押井監督いわく「関係者にかなり無理を言って、約1億円で作った」とのこと。本格的SFファンタジー映画を1億円で作ろうとは、恐るべきチャレンジ精神だ。もし、『アサルトガールズ』の続きが作られるなら、当然だが黒木メイサたちが扮したゲームプレイヤーたちの現実世界を巻き込んだ展開になるだろうし、格闘ゲーム「アヴァロン」を開発した”九姉妹”の正体にも言及することになるはずだ。もしかしたらベルリンの壁が崩壊したように、仮想空間と現実社会の間を隔てる壁さえも音を立てて壊れていくのかもしれない。『アサルトガールズ』を見終わった後、『アサルトガールズ2』の予告編が自分の頭の中で勝手に上映を始めた。

 ゼロ年代の最後に、押井監督は『アサルトガールズ』という名の派手なアドバルーンを大空に解き放った。これは大きな変革の合図だ。押井ワールドの虜に長年なっていた押井ファンも、現実社会に帰還し、それぞれ自分の思い描いた夢を種まきする時期がやって来た。混迷の時代、ゼロ年代があと数日で終わろうとしている。
(文=長野辰次)

asaruto03.jpg

『アサルトガールズ』
監督・脚本/押井守 主題歌/KOTOKO「SCREW」音楽/川井憲次 衣裳デザイン/竹田団吾 出演/黒木メイサ、菊地凛子、佐伯日菜子、藤木義勝 配給/東京テアトル 12月19日よりテアトル新宿、池袋テアトルダイヤほか全国順次ロードショー公開中
<http://assault-girls.nifty.com/>

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

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最終更新:2012/04/08 23:03
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