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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.25

白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』

pride_main.jpg一条ゆかりのベストセラーコミックを『デスノート』の金子修介監督が
映画化した『プライド』。コンプレックスを武器にする緑川萌を演じた
満島ひかりの暴走ぶりがすごい。松山ケンイチと並ぶ、”憑依型俳優”
として注目だ。(c)2008プライド製作委員会 

 かつて永谷園が経営していたファミリーレストランで初めて”トンカツ茶漬け”を食べたときはかなりの衝撃だった。トンカツという庶民のごちそうをお茶漬けにして、サラサラ流し込んでしまうという背徳感に胃袋がゾクゾクした。永谷園のメニューではないが、キーマカレー&納豆、みそ汁&バターなど意外な食材の組み合わせがフレッシュなハーモニーを奏でることは多々ある。一条ゆかり原作、金子修介監督の『プライド』は、オペラ歌手を目指して王道を歩むお嬢さま育ちの史緒(ステファニー)とビンボーな家庭に生まれ、雑草のようなたくましい生命力を持つ萌(満島ひかり)という水と油の関係の2人が主人公。性格も真逆で、レコード会社の御曹司・神野(及川光博)をめぐって三角関係となる史緒と萌だが、ステージ上でデュエットするとアラ不思議! 2人の歌声は特殊な化学反応を起こし、オーディエンスたちをたちまち魅了してしまう。

 金子監督といえば、古くは弓月光原作の『みんなあげちゃう』(85)、萩尾望都原案の『1999年の夏休み』(88)、最近では『デスノート』(06)と人気コミックの映画化が多い。コミックの世界を映像表現に置き換える作業そのものを楽しみつつ、原作の骨子の中に映画的な面白さをバンバン盛り込むサービス精神旺盛な監督だ。東京学芸大学小学校教員養成課程国語学科卒業だけあって、アイドルや若手俳優の育成にも定評がある。映画初主演にして演技初体験となるステファニーに対し、Wヒロインのもう一方には『ウルトラマンマックス』(TBS系)で美少女アンドロイド、『デスノート』で夜神月の妹、と金子監督が大事に育ててきた満島ひかりを起用。そして、もうこの満島の弾けっぷりがすごい。『プライド』より先に撮影を済ませていた園子温監督の『愛のむきだし』(DVDリリース中=インタビュー記事参照)で「フォルダー5」出身のアイドル女優という殻を完全に破ってみせ、本作では幼虫から成虫に変身した極彩色のモスラのごとく女の毒々しさを放っている。

pride_sub01.jpgZepp Tokyoでの史緒(ステファニー)と
萌(満島ひかり)のデュエットシーン。
『卒業旅行 ニホンから来ました』(93)で
織田裕二にピンクレディーを歌わせ、
『恋に唄えば♪』(02)で優香にミュージカル
を演じさせた金子修介監督らしい、”歌謡曲”
へのこだわりが凝縮されたクライマックスだ。

 泣きながらグーパンチでステファニーに殴り掛かるシーン、及川光博の前で日本刀を振り回すシーン、長門裕之の嘔吐物を両手で受け止めてニッコリ微笑むシーン、イジワル秘書の新山千春に呪いの言葉を掛けるシーン……。満島は毒気に満ちた妖しさを振りまく。旧知の仲である金子監督は彼女が暴走するのを抑えるほどだったらしい。満島ひかり、行く末が恐ろしい女優である。

 本業が歌手であるステファニーは、演技シーンではアウェー状態で満島ひかりに圧倒されている。まぁ、劇中の史緒はお嬢さまから無一文になって戸惑っているという設定だからそれでOKなのだが、一転して歌唱シーンになると、メキメキと存在感を発揮。5オクターブの音域を持つステファニーがクラブでハイトーンボイスを披露する場面は、まるでギャオスが超音波を発するかのようだ。また、それを受けて満島は「音域では敵わないけど、表現力では負けない」とばかりに身振り手振りを加えた歌唱法でステファニーに食らいついていく。序盤の見せ場であるオペラコンクールで萌が『夜の女王のアリア』を歌うシーンの振り付けは、撮影当日に満島が即興で考えたというから大したものだ。”憑依型俳優”松山ケンイチ同様に役そのものに成り切っていることが伺える。

 満島ひかりにグーパンチで殴られるシーンのことをステファニーに聞いたところ、「ひかりちゃん、怖かった。泣きながら走ってくるんですよ。リハでは空振りの予定だったんですが、ひかりちゃん感情が入っていて、リハでも私の顔面にパンチが入っちゃったんです。すっごく痛かった(笑)。でも、私もひかりちゃんをビンタするシーンがあって、回数じゃ私の方が多く叩いたかも(笑)」

 劇中の史緒と萌が犬猿の仲という設定なので、ステファニーと満島も撮影期間中はなるべく距離を置いていたそうだ。ステファニーVS.満島ひかりの本気モードのバトルを観ているうちに、いつしか我々は本音をぶちまけ合う史緒vs.萌の怒濤の成長ストーリーに巻き込まれているのだった。

 平成ガメラ3部作(95~99)でも知られる金子監督は、「キャラクターの登場などは怪獣映画を意識した」と語っている。執念と野望に燃える女2人が激突する展開は、まさに怪獣映画と言っていい。金子監督は『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(01)で日本にばかり上陸するゴジラのことを”太平洋戦争で亡くなった人たちの残留思念の集合体”と定義づけていたが、金子監督流に考えれば常人離れした美意識(エゴ)を人前で表現してみせるのがアーティストであり、そのエゴがコントロールできないほど肥大化してしまったのがモンスターということか。史緒と萌のバチバチバトルは、アーティストとモンスターとの境界線上での攻防でもある。勝てばアーティストとしての道が開け、負ければモンスターに成り下がるしかないという命懸けの戦いなのだ。

 女の意地のぶつかり合いを観ていると、女子プロレスの”禁断のカード”と言われた神取忍(Mr.女子プロレス、のちに参議院議員)と北斗晶(デンジャラスクイーン、のちに鬼嫁)の大流血戦を思い出した。それこそ犬猿の仲と称された神取と北斗だが、リングの上では「こいつには絶対負けられねぇ」というガチンコな殺気と入場料を払っている客のために試合は最低限成立させるというプロ意識がせめぎ合い、女子プロレス史上に残る伝説のカードとなった。ウマの合う仲良し同士でつるんでいては絶対に生まれない、未知なる荒野が神取と北斗の闘いには広がっていた。

『プライド』に話を戻そう。映画の後半、コンプレックスの塊であり、それを武器にしてサバイバルしてきた萌はコップの中にツバを吐き、史緒に「飲んでみせてよ」と凄むシーンが待っている。それに対し史緒は「あなた、自分の歌に自信がないのね」と萌を見下すのだが、このシーンの撮影現場で満島ひかりは「ステファニー、むかつく!」と口にしたそうだ。撮影序盤はたどたどしかったステファニーの演技だが、歌に賭ける史緒の内面をつかんでからは地に足が着いた演技を見せるようになり、史緒同然のステファニーの”上から目線”の台詞に、思わず満島はカチンときてしまったというわけだ。この満島の”ムカツク発言”を聞いてステファニーは「うれしい。満島ひかりに演技で認められた!」と喜んだそうだ。どうやら、2人の間には部外者にはわからない女同士のひねくれた友情が芽生えていたらしい。

 ステファニーと満島ひかりの名誉のために付記しておくと、撮影終了後は2人は仲良くなり、メール交換をしているらしい。しかし、一条ゆかりの原作コミックはまだまだ連載中で、オペラ留学に向かった史緒と萌にはさらにディープでドロドロの事態が待ち受けている。男はもう、女同士の骨肉の争いをおどおどと見守るしかないのである。
(文=長野辰次)

pride_sub02.jpg

『プライド』
原作/一条ゆかり 監督/金子修介 出演/ステファニー、満島ひかり、渡辺大、由紀さおり、キムラ緑子、五代路子、ジョン・カビラ、鹿内孝、鷲尾真知子、山田スミ子、黒川智花、新山千春、神楽坂恵、頭師佳孝、長門裕之、高島礼子、及川光博 発売元/ウォルト・ディズニー・スタジオ・ホーム・エンターテイメント 8月5日(水)よりDVDリリース。

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最終更新:2012/04/08 23:07
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