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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.239

テレビでは見せない“レア蜜”のお味はいかが? 壇ミーツ・石井隆=ハードコアエロス『甘い鞭』

amaimuchi02.jpg辛い過去を封印して、不妊治療専門医として働く奈緒子(壇蜜)。“性と死”をテーマにした血みどろのドラマが展開されていく。

 女優としてデビュー間もない壇蜜が、厳しい演出で知られる石井監督の現場で、どこまで作品の中に溶け込んでいけるのか。自著『蜜の味』(小学館)の中でプライベートでのライトSM体験があることを語っている壇蜜だが、ここまでハードで、さらに多くのキャストやスタッフが見守る中でのプレイは初めて。ボンテージ衣装を剥ぎ取られた壇蜜が、恥辱度の高い数々のSMプレイに戸惑い、苦悶の表情を浮かべながらも、男たちの欲望の中に身を捧げる姿をカメラは追う。壇蜜は自分にはまだ演技力が伴っていないことを自覚しており、下手な芝居はせずにされるがまま状態だ。

 奈緒子の高校時代を演じた間宮夕貴の体当たり演技と共に印象に残るのは、SMクラブに竹中直人が登場するシーン。竹中は石井監督のデビュー作『天使のはらわた 赤い眩暈』(88)、さらに代表作『ヌードの夜』『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』と主人公・村木(変名:紅次郎)を演じてきた。いわば石井監督の劇中でのアバターである。竹中演じるSMクラブの常連客・醍醐はセリカに難題を命じる。M嬢であるセリカといつもコンビを組んでいる女王さま役の景子(屋敷紘子)と立場を交換しろという。景子はSMクラブのオーナーでもあるが、その主従関係をひっくり返せと。屈辱に顔を歪める景子を、セリカはおどおどと鞭で叩き始める。「もっと、もっと強く!」と醍醐に厳命され、次第にセリカの顔つきが変貌していく。テレビではエロ発言とは裏腹なホンワカした表情を見せている壇蜜が、このシーンではまったく別人の顔へと激変する。目が吊り上がったその顔は、まるで多重人格者の人格交替の瞬間を見てしまったかのようだ。このときの心境を壇蜜に訊いたところ、石井監督に追い込まれていたこともあり「現場での記憶はほとんどない」と語っていた。壇蜜という女の中には、彼女自身がまだ知らなかった新しい顔が隠されていたのだ。

 石井作品を観続けてきたファンにとっては、5月に公開された『フィギュアなあなた』の佐々木心音に続いて、これまでの石井作品のヒロイン像とは異なる壇蜜を起用した点も興味深い。石井作品では名美という名の薄幸の女性がヒロインを度々務めてきた。竹中直人演じる村木はどんなに悲惨な状況に陥っても、名美さえいれば幸福だった。逆境さえも、それは名美との出会いを甘美なものにするための調味料のように感じられた。しかし、名美という名前は、喜多嶋舞主演作『人が人を愛することのどうしようもなさ』(07)を最後に石井作品から姿を消す。『ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う』は村木が生涯でもっとも愛した女性・名美の不在を否応なしに受け入れる物語となっていた。やはり石井作品のミューズである名美は、石井監督の初恋の女性であり、2000年に病気で亡くなった石井監督の奥さんそのものだったのだろうか。

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