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巨匠が語る、映画吹き替えの意義

【原田眞人】ついに陽の目を見る伝説の映画の“日本語吹き替え版”から学ぶ、翻訳作業の神髄

――スタンリー・キューブリックによるベトナム戦争をリアルに描写した不朽の名作『フルメタル・ジャケット』。その字幕と吹き替えの監修を担当した巨匠が語る本音。

(写真/西田周平)
 

 伝説の問題作が、ついに陽の目を見る。その卑猥すぎる内容から、水曜ロードショーでは直前に差し替えられた異端の名作『フルメタル・ジャケット』。このたび同作の“日本語吹き替え版”DVD&Blu-rayがリリースとなった。完璧主義者で知られる、故スタンリー・キューブリック監督が吹き替えを許可したのは、語学に明るい原田眞人監督だった。

「キューブリックは、全世界で出されている自身の作品の翻訳、吹き替えをすべてチェックするほどの徹底ぶりです。それだけ作品の細部に至る表現まで気を遣っていたし、また、それが許された数少ない監督でした」

 原田氏は、吹き替えは単なる作業ではなく、作品作りの一環という。

「僕は“字幕作りの名人”という褒め言葉は根本的におかしいと思っているんです。あくまで、映画作りのスタッフであって、監督の意向や意図を尊重すべき。もともと、僕は日本のずさんな翻訳には腹が立っていた人間なので」

 吹き替えにあたり、氏は2週間、ほぼ毎日キューブリックと電話でやりとりしたという。そこから数カ月に及ぶオーディション、リハーサルを実施し、吹き替え作業にも数週間の時間を要した。自身の映画に使えるレベルで演技ができること、オリジナルの声色に近いこと、演者に体格が近いことなど、審査基準は多岐にわたった。

「ジョーカー役の利重剛、レナードの村田雄浩の吹き替えは、キューブリックもお気に入りだった。ハートマン軍曹の斎藤晴彦さんも、日本人であれだけしゃべる人は稀有と、オーディション前から目をつけていました」

 原田監督が翻訳・吹き替えを担当する背景には、前任者の翻訳に、キューブリックから「汚さが出ていない」とNGが出た経緯がある。クソ、クサレ、ファックの連発に加え、「セイウチのケツにド頭つっこんでおっ死ね」「ザーメン小僧」などの言葉を吹き込む。その中でオリジナルの味を生かしつつ仕上げるのは、単なる翻訳作業ではないことは明白だ。

「吹き替えの欠点は、“台詞を聞かせようとしてしまう”こと。本来は声の高さや語感など、総合的に聞かせることが重要。実は、いま公開されている『関ヶ原』でも、『台詞が聞き取れない』という意見が多々あったんです。でも、映画は人間を描くもの。台詞が聞き取れないことも当たり前で、100%聞き取れる日常会話もない。律儀な日本人の性格や文化が、映画を楽しむ際の弊害を生んでしまっているんですよ」

 原田氏は、日本での翻訳や吹き替え作業の質の低さに落胆を覚えるという。本来であれば、翻訳や吹き替え、演出は語学の専門家ではなく、映画を撮れる人間が行うべきといった持論だ。取材中の熱を込めた口調は、「オリジナルの良さを消してしまっている作品が多すぎる」というメッセージにも取れる。この状況が続けば、鑑賞側の衰退にもつながる、と。実際に原田氏は、故・黒澤明監督にも英語表現に関して苦言を呈しているというから、恐れ入る。

 余談になるが、同作の吹き替え完了後に、キューブリックから一本の電話があったという。「『時計じかけのオレンジ』も、直訳すぎてずっと気になっていた。直してくれないか」と。実現はしなかったものの、遺作の『アイズワイドシャット』の翻訳も「原田に」と、キューブリックから指名があったほどだ。そして取材終了間際、氏は吹き替えを担当した意義をこう話した。

「可能な限り、キューブリックの意図に添った日本語版を見ていると、日本人がベトナムで戦っている感覚になる。過酷な戦場の空気がダイレクトに迫ってくると思います。 これってひょっとしたら数年先に日本の若者たちが遭遇する戦場なのかもしれない。そんなことを考えながら見てもらえたらうれしいです」

(文/栗田シメイ)

原田眞人(はらだ・まさと)
1949年、静岡県生まれ。映画評論家、映画監督。79年の『さらば映画の友よ インディアンサマー』で監督デビューを果たして以降、『KAMIKAZE TAXI』や『突入せよ! あさま山荘事件』など、多くの名作を手がける。08年に公開された映画『クライマーズ・ハイ』は、日本アカデミー賞10部門を制覇した。

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『フルメタル・ジャケット 日本語吹替音声追加収録版 ブルーレイ』
販売元/ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
価格/6253円(税込)

最終更新:2017/11/29 15:00
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