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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.498

ひと言でも口を開くと、確実に死が訪れる恐怖!! 『クワイエット・プレイス』は圧力社会の比喩!?

 しゃべることが許されない、まるでサイレント映画のような展開が続く本作の中で、父子の会話が交わされるシーンが中盤で待っている。一家の大黒柱である父親リーは、気の優しい息子マーカス(ノア・ジョブ)を森の奥へと連れ、サバイバルするノウハウを伝授する。気の強い長女リーガンも同行したがったが、リーは息子のみを選んだ。滝の流れる渓谷に到着したリーは、マーカスに川魚の捕まえ方を教えながら、「ここではしゃべっても平気だ」と言葉を発する。水の音に掻き消されて、ヤツに気づかれる心配がないからだった。言語文化の重要性を伝えるため、あえて息子だけを連れてきたことが分かる。

長女リーガンを演じるのは実際に聴覚障害を持つミリセント・シモンズ。家庭内で疎外感を覚える、繊細な演技を見せている。

 このシーンを見ながら、冷戦時代を描いたスパイ映画を思い出す人もいるだろう。共産圏のホテルに泊まると必ず盗聴されるため、潜入した工作員たちは水道水の蛇口を開けっ放しにし、テレビのボリュームを上げ、会話内容を盗聴されないように努めた。だが何者かに盗聴されている不気味さは、冷戦時代に限らず、現代社会でもリアルに続いている。2013年に起きたスノーデン事件によって、インターネットと電話回線は米国当局によって傍受され、大手IT企業も政府に情報提供していることが明らかになった。冗談でも迂闊な発言をすると、現代社会ではテロリストと目され、社会的な死が忍び寄ることになる。

 さらに沖縄の人たちにとっては、この映画が描いている世界はフィクションではなく、過去に実在したものとして感じられるに違いない。太平洋戦争の末期、沖縄本島に米軍が上陸し、逃げ場を失った沖縄市民は山の中のガマ(壕)に隠れた。ガマの中では本土から来た日本兵が目を光らせているため、誰も米軍に投降することができない。やがて若い母親の抱いていた赤ちゃんが泣き出し、米軍に居場所を悟られないようその母親は赤ちゃんの口を手でふさぐしかなかった。赤ちゃんがぐったり動かなくなるまで押さえ続けられたと言われている。泣く子はガマの中に入れてもらえなかった、日本兵に銃剣で刺殺されたなど、沖縄では泣く赤ちゃんにまつわる悲しい逸話が数多く残されている。赤ちゃんが元気に泣く姿は、平和な世界の象徴だといえる。

 実際に2児の母親であるエミリー・ブラントが、出産シーンを全身汗まみれで大熱演する。嗚咽することはおろか、ほんの少しの音を立てることも許されない静寂の世界で、無事に分娩することは可能なのか。また、生まれてきた赤ちゃんは元気に泣くことができるのか。上映時間90分の中で描かれる現代社会の写し鏡は、思わず声を上げたくなるほど恐ろしい。
(文=長野辰次)

『クワイエット・プレイス』
監督/ジョン・クラシンスキー
出演/エミリー・ブラント、ジョン・クラシンスキー、ミリセント・シモンズ、ノア・ジョブ
配給/東和ピクチャーズ 9月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
C)2018 Paramount Pictures. All rights reserved.
https://quietplace.jp

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最終更新:2018/09/21 19:30
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