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週刊誌スクープ大賞

安倍政権が歴代最長に…長いだけで何もレガシーのない不思議な政権として歴史に刻まれることに

 さて、コロナに感染し死亡した志村けんは、亡くなってからも彼を惜しむ声が絶えない。

 三浦春馬も死後、惜しむと同時に彼の演技者としての評価が高まっている。

 8月15日に放送されたNHK『太陽の子』を見逃してしまったが、19日の深夜にたまたまNHKをつけると、再放送をやっていた。

 特攻隊員役の三浦が身体を壊して一時家に戻り、死ぬために再び戦地へ戻っていくシーン。生きては帰らない、そう覚悟した息子を、母親役の田中裕子が黙って抱くシーンだった。泣きそうになりながらもかろうじて堪え、意を決して振り向かずに立ち去る。三浦の目の演技が秀逸だった。

 改めて、彼の死を惜しむ。20日の深夜にも三浦と歌手のJUJUが司会する『世界は欲しいものにあふれている』をNHKは放送していた。

 イランで生まれたが戦争で両親を失い、日本に来て女優としても活躍するサヘル・ローズが国の料理や国花のバラについて話す中、印象的な場面があった。

 サヘルの求めに応じて三浦が色紙にサインをするのだ。照れながら書いたサインは、サヘルが「ペルシャ文字に見える」といったほど流麗で、彼の感性の良さを感じさせた。

 8月27日が三浦の生前最後の放送になるそうだ。これは見逃せない。

 お次は、「私はコレで男を下げました」吉村洋文大阪府知事のこと。

「ポビドンヨードを含むうがい薬がコロナに効果がある」と、首長失格発言をして、うがい薬が店頭から消えてしまうという騒動を起こしてしまった。

 さらに、仲のいい『ミヤネ屋』の宮根誠司に、会見の1時間以上前にそのことを漏らしていたと、テリー伊藤に暴露されてしまったのである。

 あわてて、打ち消したが後の祭り。テリーに口止めしたのだろう、その後沈黙したままなのをいいことに、ツイッターで「ネット上での吉村インサイダー疑惑なるものは、名誉毀損になりますので、ツイートやリツイートは削除されるようお願いします。一線を超えるものは、然るべき対応をとります」と、脅しともとれる呟きをしている。

 文春は、吉村の問題発言はこれだけではないと報じている。リニア中央新幹線が静岡県知事の反対で大幅延長の可能性が出てきたとき、「自治権としてやり過ぎ」だと批判したが、「維新が目指す大阪都構想は、地方自治の力を強くする趣旨なので、真逆の発言です」(地元記者)

 また大阪府が重症感染者数で全国最多になっている。その理由を記者から聞かれると、「大阪は、できるだけ早めに気管支切開をして人工呼吸器をつけて命を救う治療を優先している」と会見で話した。

 だが、上昌広医療ガバナンス研究所理事長は、「人工呼吸器をつける時点で、すでに重症であることを意味するので、理由になっていません」と批判する。政治家としての資質に欠けている吉村府知事に、大阪を任せておいていいのか。東京も同じだが。

 お次は男を下げ続けている小泉進次郎のこと。

 7月26日に商船三井が運航する大型貨物船「わかしお」が、インド洋のモーリシャス島沖で座礁し、燃料の重油が約1100トンも流出してしまった。

 ここはモモイロバトなどの絶滅危惧種が多く生息し、美しいサンゴ礁やマングローブの林で知られる。この重油流出による海洋汚染は深刻で、生態系の回復には20年以上かかるといわれるそうだ。

 今回、インド人船長が逮捕され、過失があったと認められれば、賠償額は最低でも500億円にもなるという。現地政府は8月6日に環境緊急事態宣言を発令し、世界中に支援を求めた。

 テレビの映像を見ていても、湾岸戦争のときの「油にまみれた水鳥」を思い起こさせる。

 日本の商船が起こした重大な事故である。環境相として小泉は早速手を打ったのだろうと思いきや、フライデーによると、8月11日に現地入りした国際緊急援助隊はたった6名だったそうだ。

 それも任務は情報収集のみ。モーリシャス政府は「環境汚染で生じた損害に関して法的責任を追及する」と表明したが、小泉は何も対応をとらず、8月15日には靖国参拝したのである。

 その後追加で7人派遣したようだが、職責に対する責任感というものがこの男にはないのだろう。「小泉大臣が行くべきは、靖国ではなくモーリシャス」(政治ジャーナリスト角谷浩一)であることは間違いない。

 渡哲也に対する哀惜の特集が続いてる。改めて、男にも女にも愛された男だった。

 彼の私生活はあまり知られていないようだ。

 渡が結婚したのは29歳の時だった。ネットの女性自身(8月18日)で、ベテランの映画関係者がこう話している。

――「俊子さんは大手鉄鋼会社の役員の令嬢で、青山学院大学では渡さんの1年後輩。渡さんの一目ぼれだったそうです。しかし結婚にこぎつけるまでは何年もかかりました。当時の渡さんには大勢の女性ファンがいたため、なかなか公表することができなかったのです。ハワイで2人きりの結婚式を挙げたのは’71年3月、渡さんが29歳のときです」

 渡さんと俊子さんの結婚生活は49年と5カ月。しかしその間に、渡さんは幾度も病魔に襲われた。48年前の’72年7月には、京都でテレビドラマ撮影中に高熱を出して病院に運ばれた。

「その後、俊子さんの伯父が院長を務めていた東京都内の病院に転院します。当時の俊子さんは妊娠中でしたが、病院食が苦手な渡さんのために、自宅で食事を作っては、運んでいたのです。肉体的・精神的負担が大きかったためか、俊子さんは何度も流産の危機に襲われました」(前出・映画関係者)――

 1974年に放映されたNHK大河ドラマ『勝海舟』では主演だったが、肋膜炎のため途中降板。さらに1991年には、直腸がんに襲われる。渡の人生はまさに病魔との闘いの日々でもあった。

 深作欣二の『仁義なき戦い』も、当初は渡が主演だったが、体調不良を理由に断ったといわれる。

 決してうまい俳優ではなかった。渡の代表作である『仁義の墓場』は病み上がりだったために、「その異様な迫力が、高い評価を得ることとなる」(アサヒ芸能)のだが、公開後には膠原病で入院する。

 尊敬する裕次郎に先立たれ、石原プロを守り、病と闘い、カッコイイ男を演じ続けた。お疲れ様というしかない。

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