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ドラマ『最高の離婚』──子どもが欲しくない男と、欲しい女。夫婦の溝を埋める最良のテキスト

──サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が原作を務めるマンガ『ぼくたちの離婚』(集英社)が、3月18日に刊行される。これを記念して「月刊誌サイゾー」で連載中の「稲田豊史のオトメゴコロ乱読修行」から、「結婚・離婚」にまつわるテーマを選りすぐって無料公開します!

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『最高の離婚』(ポニーキャニオン)

 上がり続ける日本の離婚率を食い止めるには、全国の市役所・区役所の戸籍窓口にテレビドラマ『最高の離婚』(フジテレビ系)のDVD全巻無料貸出コーナーを設置すべきである(わりと本気だ)。東京・中目黒に住む2組の子どもなし夫婦が織りなすラブコメの体をなす本作だが、結婚と夫婦生活と離婚に関する「不都合な真実」をあますところなく描ききった、王様の耳はロバの耳系・手加減なしの劇薬教科書と呼ぶにふさわしい。

 濱崎光生(瑛太)と結夏(尾野真千子)の夫婦は、性格や価値観の不一致から結婚生活2年にして破綻気味。その近所に、光生の元カノである灯里(真木よう子)と諒(綾野剛)の上原夫婦(実は婚姻届を出していなかったことが後に判明)が引っ越してくる。4人は全員、30歳だ。

 結論から言えば、光生と結夏の離婚は回避できずに物語は幕を閉じる。離婚を決定づけたのは性格の不一致でも、浮気でもない。ズバリ「子ども作るかどうか問題」だ。

 光生は子作りに後ろ向き。病的に几帳面な彼は自分の生活スタイルが1ミリでも崩されることを善しとせず、子どもができることで今の生活が変化し、制御不能化することに我慢できない。

 しかし結夏は子どもが欲しい。理由は、彼女が長らく抱いている承認欲求に根っこがある。ガサツで能天気に見える結夏だが、実はコンプレックスだらけで自己評価が低い。ものすごく仕事ができるわけでも、人に誇れる趣味や能力があるわけでもないからだ。しかし、子どもだけは心から好きになれる自信がある。結夏が子どもを欲しがる最大の理由は、母性の発露や「貴方と私のDNAを残したいから」ではない。自尊心のためだ。

 世の男たちは、このような気分を抱きつつ、それをなかなか言語化しない(あるいはできない)女性が現実にも少なくないことをもっと知るべきだ。結夏同様、彼女たちは夫婦関係がかなり悪化してからでないと、この胸中を吐露しない。もしくは吐露しないまま去ってゆく。なぜ言わないかって? それこそ自尊心が許さないからだ。

 では妻の承認欲求を満たすべく、光生が寛容になればコトは解決なのだろうか? 否、光生と結夏の夫婦は、それができない。「子どもが嫌い」というポリシーも含めた光生の「光生らしさ」に、誰あろう結夏が惚れてしまっているからだ。結夏は言う。「光生さんの……そういう光生さんのところが好きだし、面白いと思うし。そのままでいいの。無理して合わせたらダメなんだよ。合わせたら死んでいくもん。私が、あなたの中の好きだったところが、だんだん死んでいくもん」

「子どもが欲しい」という希望を通せば、好きな人が好きな人ではなくなってしまう。しかし好きな人が好きなままでいれば、自分の承認欲求は満たされない。完全に詰んでいる。八方塞がり。千日手。だからこそ結夏はゲームを降りる(離婚する)しかないのだ。なんという悲しい結論だろう。

 だから、もし貴殿の妻が「貴方に父親は無理でしょ!」と喚いたとしても、彼女は必ずしも貴殿の人間性を「父親レベルに達していない」と全否定しているわけではない、のかもしれない。彼女は「夫が父親という属性を獲得した瞬間、私の好きだった夫ではなくなってしまう」ことに後になって──なんなら結婚して2年後に──気づき、どうしようもなく苛立っているのだ。

 こういう話をすると、「子どもが欲しい女性は子どもが欲しい男性と結婚し、子どもが欲しくない女性は子どもが欲しくない男性と結婚すればいい」などという的外れなアドバイスが必ず外野から聞こえてくるが、いやいや、我々は神でも超能力者でもないのだ。結婚前にそれが見通せるなら苦労はしないわけで。水曜のランチに何が食べたくなるかを、4日前の土曜夜に想像できる人間などいない。

 ではどうすればいいのか……を示してくれるのが、もう一組の夫婦、上原夫婦だ。灯里は惚れた弱みで諒の浮気性を見て見ぬふりをするが、いよいよ限界に達する。ところが、ついに愛想を尽かすか? というタイミングで、灯里は計画外に懐妊。父親は諒だ。彼女は産む決意を固め、不信感でいっぱいの諒と入籍する腹積もりをする。灯里は悟りきった表情で光生にこう言う。

「今は彼のこと愛してないです。愛情はないけど結婚はするんです。信じてないけど結婚するんです(略)。子どもがいるじゃないですか(略)。現実的な選択をしたってことです」。灯里は諒への愛の断念と引き換えに、諒と違って自分だけを打算なしで必要としてくれる子どもを獲得した。愛を乞う先を、夫から子どもに切り替えたのだ。これは結夏の選択と本質的に真逆である。

 妻が夫を諦めれば子どもを儲けられる(上原夫婦)。妻が夫を諦めなければ子どもを儲けられない(濱崎夫婦)。あまりに非情かつ極端なトレードオフだが、それを納得させてくれるだけの本作のリアリティは、男どもの背筋を凍らせる。

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