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『花束みたいな恋をした』恋愛悲喜劇の名手・坂元裕二が描く“根っこ”がない恋の顛末

男にとって結婚は「割り切りと覚悟」

 麦は、かつて大好きだった「カルチャー」とは無縁の仕事に自分を従事させるには、自分を型にハメるしかなかった。自らをマシン化してクリエイティブな文化的思考を凍結し、優秀な部品として機能していることにむしろ快感を覚える体に作り変えた。そうしないと、日々耐えられないからだ。

 麦はそのスキームを、結婚にも適用しようとした。四の五の言わずに絹と結婚して「夫」という部品になってしまえば、型にハマってしまいさえすれば、多少関係がまずかろうが「いける」と踏んだ。麦にとって「夫になること」は「課長職を拝命する」ようなもの。義務と責任と不快と制約まみれのタスクがずしりと肩にのしかかるけれど、タスクさえこなせば、世間からはひとかどの人物として見てもらえる。

 一方、絹にとって結婚は、「カルチャー」とともに歩んだ人生の集大成であり、「公開範囲:世界」に設定された通信簿のようなもの。長年抱いてきた理想をいかに下げることなく、信条をいかに曲げることなく、いかに劣化なく、もっとも美しい形をキープしたまま“ゴールイン”するか。妥協してはならない。

 ただ、お気づきだろうか。このような結婚観──男にとって結婚は「割り切りと覚悟」、女にとって結婚は「理想の結実」──は、正直言ってかなり古臭い。少なくとも2021年現在における20代男女の結婚観ではなかろう。むしろ、『東京ラブストーリー』世代である40代文化系中年が、幼い頃から刷り込まれてきた結婚観そのものだ。

 昭和の昔から言われていた、「いい年だし、一人前の男としてそろそろ身を固めないと」「夢は素敵な殿方と結ばれること」の呪縛は、御年53歳の坂元裕二を経由して、令和の今にもしぶとく継承されている。実際、そう口にする晩婚狙いの40代男女が、結婚相談所に日々押し寄せているではないか。

 なお、互いの結婚観に決定的なズレを察知した麦と絹は別れ、それぞれ“まったく趣味の合わなそうな”人畜無害のフツーっぽい相手と付き合う。彼らの選択は、才気走った若い文化系男女にとっては堕落かもしれないが、当の本人たちはそれなりに楽しそうだ。少なくとも、交際末期の険しい表情は見えない。きっと平穏でサスティナブルな毎日を送っているのだろう。めでたし、めでたし。

 花束はサスティナブルになり得ない。枯れるのが嫌なら、最初から花など飾らないほうがいい。花を飾らなくても人生に支障はないからだ。花は、通りがかった花屋の店頭で時々一瞥するくらいが、ちょうどいい。50代のバツイチ役員は当時20代だった筆者に、そう言いたかったのだと思う。文化系中年の先達として。訳知り顔の、オッサン目線で。

『花束みたいな恋をした』
2021年・日、脚本:坂元裕二、監督:土井裕泰
仕事で心身に余裕がなくなり、文化度の高いコンテンツ消費が一切できなくなった麦は、『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』ができず、『パズドラ』しかできないと絹に漏らす。ゲームの民度レベルまで持ち出して麦の悪化メンタルを描写する坂元脚本の切れ味、すこぶる鋭い。

稲田豊史(編集者・ライター)

編集者/ライター。キネマ旬報社を経てフリー。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)が大ヒット。他の著書に『ポテトチップスと日本人 人生に寄り添う国民食の誕生』(朝日新書)、『オトメゴコロスタディーズ フィクションから学ぶ現代女子事情』(サイゾー)、『「こち亀」社会論 超一級の文化史料を読み解く』(イースト・プレス)、『ぼくたちの離婚』(角川新書)などがある。

いなだとよし

最終更新:2021/03/22 12:00
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