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ストリップ劇場に危機、コロナ直撃で客が1日3人の劇場も…演目の多様化で一陽来復を待つ

「ストリップ劇場は(持続化給付金の支給が)ダメだって」

九州のストリップ劇場に危機、コロナ直撃で客が1日3人の劇場も…演目の多様化で一陽来復を待つの画像3

 続いてA級小倉劇場へ。小倉駅のほど近く、テレクラやポルノ映画館、ビデオボックスやスナックなどが並ぶ一角に劇場はある。ここも1982年に開館した老舗劇場だ。一度は閉館が決まった理由は、木村恵子社長(69歳)の体調不良や新型コロナウイルスによる売り上げ減少、持続化給付金の不支給など複合的なものだった。

「うちは元々、お金を儲けようとか、残そうとか考えないでやってたの。お客さんが楽しんでくれる姿を見られれば、私はうれしい。だから収支なんてとんとん。儲けようと思ったら、ほかの仕事をしてるわよ(笑)」

 そんなときに、新型コロナが猛威を奮った。客足は通常の半分以下に落ち込み、一日3人の日もあったという。それでも感染対策に力を入れ、従業員の雇用を守り続けて、ギリギリの状態で営業を続けている。

 だが風俗業ということで、持続化給付金の支給対象外になり、心が折れたと木村社長は話す。

「同じ日本で暮らして、一生懸命仕事して、税金もきちんと払ってるのに、ストリップ劇場は(持続化給付金の支給が)ダメだって。お金がほしいわけじゃないし、もらったとしても家賃の足しにもならないけれど、気持ちの問題やね」

 持病の悪化もあり、廃業を決意した。だが、存続してほしいという客や踊り子の声が相次ぎ、その気持ちに応えようと奔走したところ、後継者が見つかったという。新型コロナの収束が見えず、ストリップの市場自体も縮小しており、先行きが見えないのも現実だが、工夫しながらやっていくしかないと木村社長。

「昔はね、お客のおじいちゃんがお弁当を2食分くらい持ってきて、一日中おるの。夜に家族が迎えに来てね。ストリップ劇場にはトイレもあるし、疲れたら長椅子で休める。ご家族も、ここにおるってわかれば安心だし、いちばんいい遊び場所なのよ」

 そのエピソードからもうかがえるように、A級小倉劇場がこだわってきたのは、「行く」というより、「帰ってきた」ように客が感じられる場所づくりだ。

 ペンキの付いた作業着の青年が、「こんな格好ですみません」と恐縮しながら来ても、「いいのよ、いちいち帰って着替えてたら大変でしょう!」と喜んで受け入れてきた。職業も経歴もバラバラの客同士が、仕事の話などまるでせず、ストリップのことで楽しそうに盛り上がる様子を眺めてきた。客と踊り子の何気ない会話や、差し入れを渡す光景も、劇場では当たり前だ。そんな情緒や温かみのある場所を、客も踊り子も従業員も木村社長も、守り続けようと奮闘している。

ストリップは性別も年齢も関係なく愛されてきた

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写真提供:絵夢

 今後、ストリップが再び盛り上がるために、何が必要なのか。元踊り子で、現在は振り付け指導などを行っている仙葉由季さんは、自身が所属していた浅草ロック座の視点でしか話せないが、と前置きしたうえで、業界の奮闘を感じているという。

「ストリップ劇場や踊り子がしていることは昔から同じですが、お客さんの要望に耳を傾けたり、より楽しんでもらえるように工夫したりと、時代に合わせて変わり続けているのは確かです」

 ストリップの市場が縮小していることについては、「誰の責任でもない」と淡々と受け入れている。大事なのは、今あるものをいかに残していくか、だと話す。

「劇場が減っているなか、消えていくものを守りたい気持ちはわかります。けれど、どうにもできない事情もあるんです。それよりも今ある劇場や文化を大事にして、今後も残していくためにどうすればいいか。関係者もファンも踊り子も、それぞれの立場から何ができるか、みんなで考えていくことが重要だと思います」

 浅草ロック座は、1947年にできた日本初のストリップ劇場である。故・斎藤恒久会長は、照明や音響に莫大なお金を費やし、客の度肝を抜く舞台設備を作り上げた。例え客が一人だったとしても、最高のショーを見せたい、という思いがあったからだ。

 また同氏は、浅草からほど近い吉原弁財天(関東大震災で犠牲になった吉原遊郭の遊女たちが祭られている)の荒廃化に心を痛め、私財を投じて整備し、毎日掃除に通っていたという。ストリップそのものだけでなく、ストリップ文化を支えてきた地域社会へも、感謝を注ぎ続けてきた姿勢に、仙葉さんも感銘を受けてきた。

「浅草の劇場や映画館や食事処などあらゆる場所や、そこに関わるすべての方たちのおかげで、ストリップの今があるんです。なくなった場所や、いなくなってしまった方も含めてです。今だけじゃなく、そういった歴史にも、愛を感じてもらえたら嬉しいですね」

 最後に仙葉さんは、これだけは伝えたいと力強く続けた。

「最近、女性客や若者が増えたと言われていますが、私がデビューした1991年から、ストリップは性別も年齢も関係なく愛されてきました。SNSで可視化されて、急に増えたように見えるだけで、実は昔から変わっていないのではないでしょうか。それと同じで、ストリップを盛り上げようと頑張ってきた方も、昔からたくさんいました。だからこそ、ストリップ文化の形を変えてはいけないし、100年後も変わらずに残り続けると思います」

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 今回の取材で、広島・小倉の劇場に計3日間通い詰めた。休憩をはさみながら、1日に1~3ステージを鑑賞したが、全く飽きなかった。踊り子がタレント・フワちゃんに扮した演目や、宇宙人やエヴァンゲリオンに扮してのコント、アクロバティックな空中パフォーマンス、花電車(女性器を用いた芸)などもあり、実に多様かつ新鮮だった。

 最終日に劇場を出た夜、ふらりと小倉のスナックに入った。女性スタッフにストリップの取材で来たことを話すと、「私も見たことある、すごくよかったです!」と感激された。ストリップ未体験のほかのスタッフに、いかにストリップが素晴らしいか、二人で熱くプレゼンをしたのも思い出深かった。

 今後、ストリップ業界がどうなっていくのか、はっきりとわからないが、福尾社長の言葉を借りて締めくくりたい。

「ストリップを見たことがない人は、まずは一度、劇場に行ってみてほしい。面白いと感じて、いいなと思う踊り子さんがいたら、応援するためにほかの劇場にも行ってもらいたいね」

肥沼和之(ジャーナリスト)

ジャーナリスト。社会問題や人物ルポ、新宿歌舞伎町やさまざまな愛の形などについて執筆。著書に『究極の愛について語るときに僕たちの語ること』『フリーライターとして稼いでいく方法、教えます』。新宿ゴールデン街のバー「月に吠える」店主。

こえぬまかずゆき

最終更新:2021/05/16 16:42
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