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宮迫博之に元芸人が感じた違和感…雨上がり解散番組に臨んだ二人の差

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雨上がり決死隊(写真/Getty Imagesより)

 2021年8月17日「雨上がり決死隊」の解散が発表され、「アメトーーク特別編 雨上がり決死隊解散報告会」として、インターネットテレビ局「ABEMA」やYouTubeの吉本興業チャンエルで配信された。

 今回はこの雨上がり決死隊さんの解散をもと芸人として分析しようと思っているのだが、言いたい事や、思う事が多すぎて頭の中がまとまらない。

 芸人の解散というだけで、元芸人で解散経験のある僕はセンシティブになってしまう。しかも雨上がりさんのように一方に明らかな原因があり、二人とも違う苦しみを経験し、そして解散という結末を迎えたコンビに対しては余計に想像が膨らみ、書くことが増えてしまう。

 それなので今回はある程度頭の中を精査し、自分なりに順を追って書いていきたいと思う。 まずは「アメトーーク特別編」を視聴した感想から。

 あの番組を見られた方はどう思っただろうか? この番組を見た世間の反応を見る限り、番組を見て宮迫さんの事が好きになった人はいないだろう。つまり宮迫さんにとってはかなりのマイナスプロモーションになった番組だった。

 その理由としてはまず、二人の見た目の差だ。

 番組内でも話していたが、宮迫さんは美容整形で目の下のクマ取りを行っており、そのダウンタイムでもあったらしく、顔自体が若々しく綺麗な肌艶をしていた。一方蛍原さんは宮迫さんとは対照的に、相方がいない間、たった一人で番組を守る為に戦ってきた男の顔をしていた。宮迫さんと比べると蛍原さんの方が少し老けたように見えるほど二人の顔つきは違っていた。

 YouTubeを始め、芸人時代と変わらぬ、もしくはそれ以上の大金を手にし、美容に時間をかけた男と、相方が返って来た時の為に必死で踏ん張っていた男では、話しにならない。これが宮迫さんが悪者に映ってしまう理由のひとつであることは間違いない。

 次に雨上がりさん二人がどういうスタンスで番組に臨んだかという点。

 僕が感じた事なので憶測でしかないが、おそらく蛍原さんは番組のタイトル通り、メインは解散報告、そして次に来てくれたゲストや視聴者に対して番組本来のバラエティ性を組み込んだというところだろう。

 それに対し宮迫さんは「俺はまだテレビでもやれる」というのを証明しようとしていたのではないだろうか。地上波では無いが、アメトーークという番組で、しかも一流の芸人がゲストでいる。さらには相方が横にいるという状態で高揚しないわけがない。

 視聴者にもスタッフにもゲストの芸人にも、そして相方にも、自分は衰えていないというの証明したかったはずだ。その結果、視聴者が望んでいた宮迫さんとは違う行動をとってしまったのではないだろうか。

 今回視聴者が望んでいた宮迫さんはいったいどんな姿だったのか。それは2年前の宮迫さんの姿だったのでは無いだろうか。テレビに出ていた時の宮迫さんという意味ではなく、問題を起こした直後、自分の犯してしまった出来事を反省をし、周りの目を気にしてボケる事にも抵抗があり、蛍原さんに対して謝ることしかできないような、そんな宮迫さんを見たかったのではないだろうか。

 ひたすら蛍原さんに謝り続け、ゲストの芸人にボケを振られて、申し訳なさそうにボケて、そして調子に乗ってボケてしまった事を土下座して謝罪する。そのような姿を望んでいた視聴者は少なくないだろう。

 本来、好感度を気にする宮迫さんだったら、そのくらいの事は気が付くはずだ。では何故気が付かなかったのか。

 それは2年前に散々やったからだ。

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