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あのアーティストの知られざる魅力を探る TOMCの<ALT View>#8

Mr.Children『Q』とその後――“深海”から帰還した彼らの「優しい歌」

自然体のソングライティングと、初期のテイストへの回帰

Mr.Children『Q』とその後――“深海”から帰還した彼らの「優しい歌」の画像2
Mr.Children『DISCOVERY』(‘99)

 先述の通り、『Q』収録曲の制作時期はさまざまだ。例えば「Hallelujah」は元々シングル「I’ll be」(’99年5月)のカップリング曲として制作されていたものの収録が見送られ、リライトを重ねて完成に漕ぎ着けた楽曲だ(代わりにカップリングに収まった「Surrender」も『Q』に収録)。「つよがり」は『DISCOVERY』制作時のデッドストックであり、「安らげる場所」はツアー中、桜井がひとりのシンガーとして、バンドの演奏を前提としない想定で書いた楽曲だという。

 このように書くと、あたかも『Q』は寄せ集めの作品のように思えるかもしれない。だが、こうした楽曲群は、『深海』『BOLERO』で見られたある種の“演技過剰”さとは無縁であり、『DISCOVERY』における「Simple」「ラララ」のように、桜井の素の表情が垣間見える楽曲とも言えよう。かつてストップウォッチとにらみ合い、タイアップの尺に合わせたソングライティングに執心していた時代とは違って、展開を急がず、自身が望むクオリティを突き詰めたような楽曲がアルバムの要所に配されているのは『Q』の重要な魅力のひとつだ。

 また、『Atomic Heart』(‘94)以前の作風をサウンド・歌詞の両面で感じさせる楽曲の存在も重要だ。

 これについては重要なエピソードがある。『DISCOVERY』ツアー時(1999年2月~7月)のある日、メンバー一同でデビュー初期のビデオ等を観ることがあり、鈴木は「思ったより昔の自分たちはイケてる」「今のタイミングに、むしろ新しいものに思えた」という。

 この感情が結実したのが、1999年7月にレコーディングされたという「口笛」だろう。小林が元来得意とする、サザンオールスターズ「涙のキッス」(‘92)などにも通ずる柔らかなシンセアレンジのイントロから始まる本曲は、“反抗期”だった当時の桜井としては例外的に「歌の背景やフレームも含め、お任せした」ものだという。

 それでいて、「口笛」は極端にアルバムで浮いているわけでもなく、クライマックスのひとつを鮮やかに形成しているが、これをアシストしているのが、「口笛」の2曲前に置かれた、シンプルながら美しいポップソング「ロードムービー」だろう。2000年の元旦、桜井が目覚めると曲が夢の中で出来ていた……という伝説でも知られる本曲は、90年代初頭のJ-POPを思わせるキラキラしたグロッケンの編曲も相まって、中盤の「つよがり」が灯した暖かなポップ・ミュージックの流れを引き継ぐ形で、「口笛」が自然とアルバムに馴染む手助けとなっている。

 本作のあと、Mr.Childrenは2枚のベスト盤『Mr.Children 1992-1995』『Mr.Children 1996-2000』(‘01年7月)によるキャリア総括を経て、「優しい歌」(‘01年8月)以降はリスナーに宛てた真摯なポップ・ミュージックを制作していく。彼らのこうした道筋を考えると、「口笛」のような初期の作風を感じさせる楽曲がこのタイミングで生まれたのは、彼らのキャリアにおいて非常に重要な意味を持っているように思えてくる。そして本作は同時に、桜井を長く苦しめてきた“『深海』以来の心情”からようやく抜け出せた作品でもあるのだ。

深海からの脱出

 『Q』のアートワークに「地上に立つ潜水士」を登場させているのは意図的なものであると、桜井は後年のインタビューで語っている。ここまでの通り、肩肘を張らない制作風景から総じて開放感に満ちた楽曲をアウトプットし続けたさまは、まさに“深海からの脱出”を感じさせるものだろう。

 『Q』の制作の一部は『深海』と同様にニューヨークでも行われたが、ひとつ重要な違いがある。『深海』の特徴的なサウンドデザインに大きく貢献したウォーターフロント・スタジオがこの時期に閉鎖されたことを受け、バンドの所属事務所である烏龍舎が同地の潤沢なヴィンテージ機材群を譲り受け、「OORONG STUDIO NY」を誕生させたのだ。かつて桜井自身の辛い精神状態を投影した『深海』の制作現場は、こうして「自分たちの場所」となった。プライベート面の問題にも徐々に区切りが付きつつあった当時の桜井にとって、制作面のプレッシャーから解放され、最上級の機材を備えた「自分たちの場所」で自由に創作に没頭できたのは、精神的にも非常に効果的に作用したに違いない。1999年11月から3週間の滞在は桜井曰く「名曲グッピーちゃん状態」というほど絶好調だったという。

 今作のマスタリングは、前2作『BOLERO』『DISCOVERY』を手がけたLAのオーシャンビュー・デジタル・マスタリングから、『Atomic Heart』『深海』を手がけたジョージ・マリノに戻されている。本連載の第3回でご紹介したように、オーシャンビュー・デジタル・マスタリングは当時のニール・ヤングを手がけるなど、70年代以前のヴィンテージ・ロックと90年代のオルタナティヴ・ロックの融合には知見のある集団であり、『DISCOVERY』ではその点で非常に相性が良かった。『Q』では、そうして肌に馴染んだバンドサウンドのフォーマットを颯爽と脱ぎ捨て、高域が明瞭で一音ごとのニュアンスも掴みやすいサウンドへと回帰している。ギターを軸にしつつ、様々な音色のタペストリーが潰されることなくはっきりと読み取れる「NOT FOUND」はその分かりやすい例だろう。

 ここで、本作の随所に見られる、ボブ・ディラン~吉田拓郎的な「字余り」で言葉を詰め込む日本語歌唱の大胆な導入について触れておきたい。

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