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Mr.Children『Q』とその後――“深海”から帰還した彼らの「優しい歌」

桜井和寿の新たな“文法”となった「字余り」歌唱

Mr.Children『Q』とその後――“深海”から帰還した彼らの「優しい歌」の画像3
Mr.Children『深海』(’96)

 『深海』期の桜井が音楽番組『FAN』(日本テレビ系)への出演時、「名もなき詩」の1番A・Bメロをディラン風の弾き語り主体でアレンジして歌唱したのをご存知のファンもいることだろう(興味がある方は、ぜひ動画サイトを検索してみてほしい)。また、『深海』で「名もなき詩」の直後に配された「So Let’s Get the Truth」はディラン(あるいは長渕剛)を思わせる弾き語りの楽曲であった。この時期の“フォーク”のスタイルは桜井にとって、皮肉屋な視点や社会・世相を題材にする際にその方向性を分かりやすく強調するために記号的に導入されていたように思える。

 『Q』に収録されているディラン調の「十二月のセントラルパークブルース」は、比較的心理的に余裕が生まれた当時の視点から、『深海』期のニューヨーク滞在経験を振り返った曲である。「So Let’s Get the Truth」に比べてリズムも歌い回しもより軽快にアップデートされた本曲は、そのふんだんな「字余り」ぶりや街並みの軽快な活写ぶりも相まって、単なる“皮肉の演出”にとどまらない、新しい身体性を獲得したように思える。この表現のスタイルは後年の「横断歩道を渡る人たち」(’08)でも見られ、桜井の新しい“文法”のひとつとなっていく。

 こうした「字余り」歌唱は、先ほど取り上げた「CENTER OF UNIVERSE」でも導入されている。中間部でBPMが一気に加速するパートでは、感情がとめどなく溢れるように言葉がまくし立てられ、歌・演奏が渾然一体となって聴き手に迫ってくる。このスピード感は、彼が「名もなき詩」後半の有名な“早口パート”で参考にしたという、佐野元春の作風も想起させるところがある。佐野元春は『VISITORS』(’84)でラップ的な歌唱にも挑戦しているが、ここで私が触れておきたいのは佐野のキャリア最初期、それこそ吉田拓郎的「字余り」に通ずる歌唱が聴ける楽曲の存在だ。10代の頃にはボブ・ディランに強い衝撃を受けたという佐野。デビュー直後の彼の音楽性はブルース・スプリングスティーンの影響が大きいと思われるが、そのブルースもキャリアの最初期にはディランから多大な影響を受けているのは見逃せないところだ。

 こうした「まくし立て」が頂点に達し、「喋り」のパートすら導入されるまでに至ったのが「友とコーヒーと嘘と胃袋」である。ほぼ全編のボーカルがトーキングスタイルで占められており、天性のメロディメイカーである桜井としては異色の楽曲のひとつだ。バタつきながら跳ねるビート、浮遊感のあるシンセサイザーが牽引するオケの上では、一連のボーカリゼーションはどこかユーモラスにも聴こえる。このアンバランスさは、おそらく狙って演出されたものだろう。

 本稿の筋とは少し外れるが、こうした「字余り」の身体性~感情が溢れだす感覚を発展させた先にあるのが、のちのMr.Childrenの新たな代表曲「HANABI」(‘08)のサビだとも言うこともできるだろう。本連載の「Mr.Children編」は今回でひと区切りとするため、ここでは深堀りは避けるが、ぜひ再訪したいテーマだ。

 もっとも、この時期の「字余り」歌唱でミスチル史上特に重要な楽曲は、「NOT FOUND」のカップリングに収められた「1999年、夏、沖縄」だろう。山形で制作後、因縁の地ニューヨークで録音された本曲で桜井は、「innocent world」(‘94年6月)がヒットチャートを快走し、当時の日本のアルバム売上記録を塗り替えることになる『Atomic Heart』(‘94年9月)の発売を控えた1994年の夏について振り返っている。戦後日本における沖縄の立場や「神」についてもかなりストレートな表現で言葉を綴っているが、最後に繰り返されるのは、「いろんな街」で「君」に歌をうたいたい……という音楽家としてのピュアな願いだ。

 本曲はデビュー20周年、25周年の節目のツアーでも披露され、後者のMCでは本曲が「バンドにとって大事な楽曲」だという発言を残している。1994年以来、さまざまな苦悩を経験し、まさに乗り越えつつあった当時の彼の思いがストレートに綴られているような本曲は、その点において、後述する「優しい歌」と並び、まさに彼らのキャリアの転換点を鮮やかに映したものだろう。こうして桜井は、ブレイク以降の苦悩を抜け出し、新たなキャリア、人生に向けて歩き出す道筋を整えることができたのだ。

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