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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.673

黒人リンチを告発した闘う歌姫『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』

悲しい現実を肥やしにして膨らむ奇妙な果実

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有罪判決を受けるビリー。薬物禍で同情された女優ジュディ・ガーランドとは対照的だった

 ビリー・ホリデイ(アンドラ・デイ)の生涯は、苦難の連続だった。ビリーの未婚の母は売春婦として働き、ジャズのレコードが流れる売春宿でビリーは少女時代を過ごした。10歳のときにレイプ事件に遭い、被害者であるビリーも警察に補導され、矯正施設送りとなった。施設を出たビリーは、母親と同じ仕事をするようになる。黒人女性が働ける場所は限られていた。そんなどん底生活から、彼女は大好きな歌を歌うことで抜け出してみせた。

 ショービジネスの世界で成功を収めたビリーだが、暴力夫や彼女のお金目当てで寄ってきた男たちに苦しめられることになる。ビリーの孤独さを癒してくれるのは、酒とドラッグしかなかった。やがてビリーは、「奇妙な果実」と出会う。酒を楽しむクラブで歌うには全く相応しくない曲だったが、彼女が歌うと店は静まり返り、客は彼女の歌声に耳を傾けた。甘いラブソングではなく、苦い現実を映し出した奇妙な曲を歌い上げることで、ビリーは自分の生を実感することができた。

 米国で公民権運動が盛り上がり始めるのは、1950年代なかばから。それまで南部の州では白人が利用するレストランやホテルは有色人種は利用できなかったし、バスも席が分けられていた。黒人男性が白人女性の顔を見ただけで集団リンチに遭ってしまう、そんな時代が続いていた。

 ビリーのマネージャーも暴力夫も、ビリーが「奇妙な果実」を歌うことを止めさせようとした。ビリーを守ってくれる者は、誰もいなかった。何の後ろ盾もないビリーが、たったひとりでステージに立って「奇妙な果実」を歌い続けるのは、どれだけハードなことだっただろうか。

 若い黒人男性・ジミー(トレヴァンテ・ローズ)が現れ、ビリーの楽屋に花束を届けるようになる。ビリーの熱烈なファンだという。だが、ジミーの正体は、連邦麻薬局の覆面捜査官だった。ビリーを毛嫌いする連邦麻薬局の初代長官ハリー・J・アンスリンガー(ギャレット・ヘドランド)から、ビリーの弱味を握るようにとの指令をジミーは受けていた。

 麻薬所持の現行犯として、人気絶頂時のビリーは逮捕され、婦人刑務所へと送られる。一方、ジミーは黒人初となる連邦捜査官に昇進する。米国にはびこる麻薬問題を撲滅したいというジミーの正義感が、ビリーの歌を封じることになる。悲しい現実を肥やしにして、奇妙な果実はますます膨らんでいく。

 リー・ダニエルズ監督の代表作『大統領の執事の涙』では、大統領官邸で執事として働く主人公(フォレスト・ウィテカー)のことを、公民権運動に身を投じる息子は、『夜の大捜査線』(67)のシドニー・ポワチエと同じだと責めた。シドニー・ポワチエは黒人で初めてアカデミー賞主演男優賞を受賞した名優だが、白人にとっての都合のいい黒人を演じている、という批判も浴びたのだ。

 シドニー・ポワチエも、『大統領の執事の涙』の主人公も、ビリーを逮捕したジミーも、白人と黒人との軋轢のはざまで苦しむことになる。

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