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稲田豊史の「さよならシネマ 〜この映画のココだけ言いたい〜」

『THE BATMAN-ザ・バットマン-』――リドラーはジョーカーを超えられない

『バットマン』である必要がない?

『THE BATMAN-ザ・バットマン-』――リドラーはジョーカーを超えられないの画像2
© 2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & © DC

 無論、バットマンオリジナルの武器やガジェットは登場する。おなじみバットモービルが派手なカーチェイスもする。キャラクターや世界観は間違いなく『バットマン』だ。

 しかし、この物語構造、この人物造形や人物配置、この空気感は、完全にハードボイルド探偵小説のそれだ。仮に本作のキャラクターや世界観が『バットマン』のそれでなく、別のものに置き換わったとしても、作品の魅力はほとんど損なわれないだろう。ゴッサムシティがLAに、ブルースがとある私立探偵に、セリーナが訳有りのコールガールに置き換わっても、たぶん作品は成立する。

 すなわち、本作は『バットマン』である必要がない。

 『バットマン』世界におなじみのヴィラン(悪役)であるリドラー(ポール・ダノ)やペンギン(コリン・ファレル)は、たしかに登場する。しかしこの二者も、たまたま有名ヴィランのキャラクター名がついているだけ、と言えなくもない。同じ行動を取る別の名前の犯罪者に置き換えたところで、物語上の支障はほとんどなさそうだ。

 「リドラーが次々と仕掛ける謎に翻弄されるブルースや警察たち」が本作の全体構図であり、日本の宣伝も「謎解きサスペンスアクション」と謳っている。しかし本作の売りが果たして「謎解きサスペンス」や「アクション」なのかは、少々疑問だ。謎解きギミックの手口は、90年代から2000年代に量産されたサイコスリラー映画を思い出させるほどには(2022年の映画にしては)新味に欠けるし、アクションは3時間尺の割に少なめである(少ないことが悪いわけではない)。

 ハードボイルド探偵小説というものが、謎解きのカタルシス自体や主人公の殴り合い描写にそれほど文学的な力点を置いていないことを考えれば、それは当然なのかもしれない。

ジョーカーを超えられないリドラー

 マット・リーヴスは、『バットマン』のキャラクターと世界観を使ってチャンドラーをやりたかった。……としか思えない。しかし、なぜそんなことをしたのか。

 リドラーでは、『ダークナイト』のジョーカーを超えられないからだ。

 クリストファー・ノーランの創造したジョーカーは、冒頭に挙げた全バットマンシリーズの中でも突出してカリスマ性の高いヴィランだった。あらゆる感情移入を拒む絶対的な悪。怪物的な狂気の器。圧倒的な知性と説得力がもたらす、底しれぬ不気味さと不穏。図抜けて高い時代性と社会性。それを表現するヒース・レジャーの神がかった演技。本作のリドラーと違い、別の名前の犯罪者に置き換えるのはおそらく不可能だ。

 ジョーカーによるとてつもない悪の実行に比べると、リドラーの狙いや思想、犯罪としてのサイズ感は、いずれも小物と言わざるをえない。しかし、これは致し方ない。ノーランのジョーカーが凄まじすぎたのだ。あれ以上に圧倒的な悪、あれ以上に観客を引きつけるパーソナリティを、一体どう思いつけというのか。

 それゆえに、リドラーのカリスマ性は本作ではあえて追求されていない。むしろ観客が強く惹きつけられるのは、リドラーを含む複数の主要登場人物が、彼らの「親」とどのような関係を結んでいたか、その点に尽きる。

 逃れられない血縁が招く愛憎や葛藤。過去の呪縛。このあたりもハードボイルド小説の滋味に近いものではないか。

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