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稲田豊史の「さよならシネマ 〜この映画のココだけ言いたい〜」

『THE BATMAN-ザ・バットマン-』――リドラーはジョーカーを超えられない

文=稲田豊史(いなだ・とよし)

『THE BATMAN-ザ・バットマン-』――リドラーはジョーカーを超えられないの画像1
© 2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & © DC

これはカレーじゃない

 『バットマン』という映画は、撮る監督によって大きくテイストが変わる。それがまた、毎度の楽しみでもある。

 過去の『バットマン』を振り返れば、ティム・バートンは異形や狂気に対する偏愛を、ジョエル・シューマッカーは軽いノリのエンタメを、クリストファー・ノーランは“悪”の定義とケレン味を、ザック・スナイダーは重厚かつ格調高い視覚効果を、それぞれ追求していた。

 たとえるなら世界のカレーだ。キーマカレー、グリーンカレー、カツカレー、スープカレー、それぞれ味わいはまったく異なるものの、カレーであること(=バットマンを主役としたスーパーヒーロー映画であること)に変わりはない。

 さて、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』の監督マット・リーヴスはどんなカレーを作ったのか。3時間近い長尺。期待に胸が膨らむ。

 しかし、観始めて30分ばかりして感じた。これは、カレーじゃない。

チャンドラーの小説世界

 今回のブルース・ウェイン(ロバート・パティンソン)は、バットマンになってまだ2年の若造。歴代ブルースの中では、もっとも不満げで不健康そうな面構えだ。暗い影を落としているどころか、暗い影が服を着て歩いている。態度も生活もやさぐれており、いわゆる司令室的な場所は薄暗くて埃っぽい。

 ブルースはとある犯罪捜査を開始する。少しずつ見えてくる闇組織の実態。突如登場するミステリアスな美女。汚辱と欺瞞にまみれたこの街で、過去に囚われる者たちが織りなす人間模様。ダーク。ひたすらダークだ。雨、夜、物憂げなモノローグ。

 殺伐と抑制をたたえた大人の犯罪映画である。言うなればフィルム・ノワール風。ひたすらハードボイルド。まるでチャンドラーの小説世界だ。

 アメリカの作家レイモンド・チャンドラーと言えば、ハードボイルド小説の第一人者。彼の生み出した孤高の私立探偵フィリップ・マーロウは、『大いなる眠り』『さらば愛しき女よ』『長いお別れ』などの作中人物としてよく知られている。

 なるほど、悲しい過去を背負うキャットウーマンことセリーナ・カイル(ゾーイ・クラヴィッツ)は、ハードボイルド小説における“ファム・ファタール”のポジションそのままではないか。男の運命を左右する、悲しき過去を背負う女。

 アウトローで一匹狼の主人公が、立場は違えど敬意を払うべきナイス・ガイ(好漢)に出会い、男同士の熱い友情を築く展開も、この手のハードボイルド小説には欠かせない。本作におけるブルースとゴードン刑事(ジェフリー・ライト)の関係は、まさにそれ。ふたりは各々の信念に基づいて正義を行使し、犯人に迫る。その過程で、街の暗部や市井の人たちの人生が浮かび上がってくる。

 いい。すごくいいぞ。ただこれ、『バットマン』のフォーマットでやらなくてもよくないか?

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