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『鎌倉殿』はどのように描く? 義経“大活躍”の「壇ノ浦の戦い」における虚構と真実

大勝利を納めるも、頼朝の至上命令は果たせなかった義経

『鎌倉殿』はどのように描く? 義経“大活躍”の「壇ノ浦の戦い」における虚構と真実の画像2
源義経(菅田将暉)|ドラマ公式サイトより

 しかし、冷静に考えると、「壇ノ浦」では開戦前から平家の劣勢は決定的だったともいえます。頼朝の命を受けた源範頼が、平家軍の物資供給元であった九州北部をすでに平定完了しており、平家は範頼と義経の二人から挟み撃ちにされ、残軍が壇ノ浦に浮かぶだけという、完全に追い込まれた状態だったのです。また源氏方の船数は『吾妻鏡』800、『平家物語』3000なのに対し、平家方は『吾妻鏡』500、『平家物語』1000と大きく差がありました。海戦経験の豊富さと、「これが最後の踏ん張りどころ」という気概では平家側にアドバンテージがあったとはいえ、それ以外のほぼすべてが平家側には不利だったということですね。心理的にも圧迫され、兵力でも敵わないとなると、潮流の変化などあってもなくても、平家が負けるのは時間の問題だったと考えるほうが論理的でしょう。

 加えて、『吾妻鏡』などを見ると、義経率いる源氏軍は「壇ノ浦」の前に、紀伊の熊野水軍、伊予の河野水軍などを味方につけることに成功しています。そして、彼らのアドバイスをもとに戦うことができたことは大きかったようです。

 これは『平家物語』の記述ですが、源氏軍の勝利を確定したひとつの要因として、もとは平家方だった阿波重能(田口成良)の水軍が味方になり、平家の作戦を漏らしてくれたことが挙げられています。『吾妻鏡』では、阿波重能が合戦後の捕虜のひとりとして記述されているので、詳細は不明ですが、たとえば平家方として最後まで戦おうとした阿波重能を部下たちが裏切って拘束し、源氏方に寝返ったというようなドラマがあったのではないかとも想像され、個人的には興味深いところです。

 『鎌倉殿』第18回の予告映像には、菅田将暉さん演じる源義経が大きくジャンプしている姿が映されていました。これは、義経が「八艘(はっそう)飛び」と呼ばれる超人的跳躍力を披露するシーンが登場するということでしょう。確かに『平家物語』にも登場し、古くから有名な逸話ではありますが、同書によると、平家軍の敗戦がほぼ確定した時点の話で、「かくなる上は!」と捨て身の攻撃を仕掛けてきた平教経(たいらののりつね)から義経が追いかけ回され、逃げている時の逸話です。

 この逸話も、義経から頼朝に送られた報告書『一巻記』(正確には義経の祐筆=記録係が書いたもの)をベースとした『吾妻鏡』の記述には登場せず、そもそも『吾妻鏡』では平教経は「壇ノ浦」以前の「一ノ谷の戦い」で亡くなったともいわれているので、史実的な信憑性には欠けるといわざるをえませんが……。

 また、「壇ノ浦」のラストを飾る悲しい逸話として有名な、安徳天皇入水についても諸説あります。「二位の尼」こと、清盛の未亡人・平時子が安徳天皇を抱き、「波の下にも都がある」といって入水自殺を試みる『平家物語』の場面は有名です。しかしこれは『平家物語』にしか出てこず、『吾妻鏡』では、平時子は三種の神器のひとつである「宝剣」とともに海中へ身を投げ、安徳天皇は按察局(あぜちのつぼね)なる女房が抱いて入水したとされます。こうした記述のズレが、各地に散らばる「安徳天皇生存説」のもとになっていると考えられますね。

 『平家物語』では、すべての三種の神器とともに平時子は海に飛び込んだとされますが、詳細は不明です。いずれにせよ、義経に頼朝から課されていた至上命令は安徳天皇と三種の神器の奪還であり、義経はその両方に失敗してしまいました。頼朝は、義経から送られてきた報告(『一巻記』)を読むと、喜ぶどころか、沈黙したまま鶴岡八幡宮の方向を向いてしまったと『吾妻鏡』にはあります。

 義経も部下に命じ、大きな熊手を用いて入水した平家の人々を海中から引き上げ、救おうとしたそうですが、平時子や安徳天皇は見つからなかったといいます。ただ、海中から引き上げられた中には、安徳天皇の母・平徳子や按察局が含まれており、不運にも生き残った彼女たちの余生は針のむしろに座るようなものだったのではないでしょうか。

 元暦2年(1185年)4月24日の『吾妻鏡』によると、三種の神器のうち、「宝剣」こと「草薙剣」以外の「八咫鏡」と「八尺瓊勾玉」の2つが今津という浜に打ち上げられたという記述が出てきます。海中に沈んだものがそう簡単に見つかるものだろうかと思ってしまうのは筆者だけでしょうか。後白河法皇は「草薙剣」の行方を執拗に追っていましたが、もともと三種の神器のうち、「剣」は熱田神宮、「鏡」は伊勢神宮に祀られており、天皇の即位など重要行事の際に御所で用いられていたのはその神器の「形代(かたしろ)」、つまりレプリカだったという現実がありました。結局、伊勢神宮から新たに献上された剣を代わりにすることで法皇も納得せざるをえませんでした。

 「壇ノ浦」は、このように勝者敗者を問わず、後味の悪い戦だったといえます。平家を滅亡させることに成功した「壇ノ浦」は義経の軍人としてのキャリアの最高地点でした。しかしそれと同時に、三種の神器を失ったことによって、彼は兄・頼朝の寵愛を失うきっかけを作ってしまったのです。

<過去記事はコチラ>

堀江宏樹(作家/歴史エッセイスト)

1977年、大阪府生まれ。作家・歴史エッセイスト。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。日本・世界を問わず歴史のおもしろさを拾い上げる作風で幅広いファン層をもつ。原案監修をつとめるマンガ『La maquilleuse(ラ・マキユーズ)~ヴェルサイユの化粧師~』が無料公開中(KADOKAWA)。ほかの著書に『偉人の年収』(イースト・プレス)、『本当は怖い江戸徳川史』(三笠書房)など。最新刊は『隠されていた不都合な世界史』(三笠書房)。

Twitter:@horiehiroki

ほりえひろき

最終更新:2023/02/21 12:35
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