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あのアーティストの知られざる魅力を探る TOMCの<ALT View>#16

井上陽水とアンビエント 知られざる音楽的冒険から“センチメンタリズム”への回帰まで

文=TOMC(トムシー)

 ビート&アンビエント・プロデューサー/プレイリスターのTOMCさんが音楽家ならではの観点から、アーティストの知られざる魅力を読み解き、名作を深堀りしていく本連載〈ALT View〉。今回は、デビュー50周年を過ぎた大御所中の大御所であり、ここ最近は吉田拓郎の“引退”宣言によってその動向が改めて注目される井上陽水を取り上げます。80年代を中心に陽水が見せた音楽的冒険とは?

井上陽水とアンビエント 知られざる音楽的冒険から“センチメンタリズム”への回帰までの画像
井上陽水『ハンサムボーイ』(‘90)

「井上陽水正史」から漏れがちなサウンド面の魅力

 井上陽水と「アンビエント・ミュージック(以下、アンビエント)」は一見、縁遠いものに思えるかもしれない。だが実際には、アンビエントを思わせる井上陽水作品は少なからず存在する。例えば、この「海へ来なさい」を聴いてみてほしい。


 オリジナル版は『スニーカーダンサー』(‘79) に収録。この音源は『ガイドのいない夜』(‘92)に収録された再録版

 ボーカルと演奏が渾然一体となってリスナーが身を置く空間に溶け込み、心の緊張を解きほぐしつつ想像力を呼び覚ますような、柔らかなサウンド。アンビエントやニューエイジ・ミュージックはもちろん、「バレアリック」と称される、爽やかな雰囲気とチルアウトの機能性を兼ね備え、国内外のクラブシーンで愛されてきた音楽たちにも近似する美しさだ。もっとも、こうした音楽性はもちろん、彼の偉大なキャリアのごく一部に過ぎない。どの時代に彼の音楽に接したかによって、彼に抱くイメージは大きく異なるはずだ。

 例えば、若い世代にとっては、彼がかつてアルバム『氷の世界』(‘73)でオリコン週間チャートの首位を計35週(!)記録し、全くテレビに出演しないまま芸能人長者番付の最上位クラスに食い込むなど、“若者文化の象徴的存在”として君臨していた時代を知らない方も多いだろう。その後、音楽的な冒険と一時的なセールス低迷の時期(詳細は後述)を経て、安全地帯や中森明菜らへの提供曲のヒットや、セルフカバーアルバム『9.5カラット』(‘84)のオリコン9週連続1位獲得など、“大人向けのポップ・ミュージックを奏でるシンガーソングライター”として華々しくカムバック。その後もドラマ主題歌として1988年に再発された「リバーサイドホテル」を始め、「少年時代」(‘90)、「Make-up Shadow」(‘93)などのシングルや、PUFFYへの楽曲提供、さらにはベスト盤『GOLDEN BEST』(‘99)やカバー企画盤『UNITED COVER』(‘01)のヒットなどを通じて、定期的に世間に話題を届けてきた。特に80年代後半以降は、テレビのCMや番組出演で見せるどこか飄々としたキャラクターや、シュールな歌詞世界のほか、特徴的な歌唱法・口調を強調するように模倣したモノマネ芸人の人気も相まって、漠然と“大御所の天才/奇才ミュージシャン”として認知してきた方も多いかもしれない。

 上記はいわば「井上陽水正史」とも呼べるものだが、本稿では、そうした「正史」の文脈からは大抵漏れがちなサウンド面における魅力~音楽的冒険について、特に前述したようなアンビエント/ニューエイジ/バレアリック的な側面にフォーカスして語っていこうと思う。

音楽的冒険の始まり

 1977年に大麻取締法違反の疑いで逮捕されたのちの初作『white』(‘78)で、陽水は当時流行したウェストコースト・サウンドやAORの要素を取り入れる。このアルバムでは、『氷の世界』をはじめ“若者文化の象徴的存在”の時期を支えた星勝が全面的に編曲を手がけているが、その後『スニーカーダンサー』(‘79)では高中正義、『EVERY NIGHT』(‘80)では井上鑑鈴木茂など、徐々にフュージョンやシティ・ミュージック方面で話題を振りまく人物たちが編曲に携わるようになっていく。演奏の力強さとサウンドの洗練性を増した、この時期のクールで突き放すようなドライさ・ハードボイルド具合を好むファンもきっと多いだろう。


 高中正義が編曲を担当。彼は実は『氷の世界』でもギターを弾いており、陽水とは旧知の間柄であった


 鈴木茂が編曲を担当

 こうしてサウンドが急速にモダナイズされていく中、転機となったのが『あやしい夜をまって』(‘81)における川島裕二の起用だ。当時関西の地下シーンで話題を集めていた先鋭的ニューウェイヴ・ファンクバンド「EP-4」のキーボーディストであった彼が手がけた「Yellow Night」は、シンセサイザーやリズムマシン主導の抽象的な編曲が耳を引く、彼のキャリア全体で見ても屈指の冒険作である。

 陽水は本曲リリース時「自分で自分の中から何が出てくるか楽しみ」「昔は“センチメンタリズム”みたいなものだけで曲を創ってきて、それをつまらなく思い始めて以後の右往左往が最近やっと形になってきた」(「新譜ジャーナル」1982年1月号/自由国民社)といった言葉を残している。実際、「時にキッチュな言葉選びを交えた不可思議な情景描写がされるAメロ、一転して明快な意味を持つ力強い大サビ」という歌詞構成に、“非・演奏的”とも呼びうる抽象的・即興的サウンドを組み合わせた仕上がりは、それまでも“超現実的”(シュールレアリズム的)と称されてきた「東へ西へ」(‘72)「氷の世界」(‘73)や、そこにテクニカルな演奏を掛け合わせた「なぜか上海」(‘79)のような楽曲とも異なる境地に達したと言ってよいだろう。陽水がニューウェイヴ以降の音楽性に適応し、時代に取り残されることなく現役であり続けることになる、そのターニングポイントに当たる非常に重要な楽曲だ。

 『あやしい夜をまって』ではこの「Yellow Night」の1曲だけだった川島の貢献は、続く『LION & PELICAN』(‘82)で大きく加速し、10曲中4曲の編曲を手がけている。煌めくシンセサイザーのリフレインが美しいシンセポップ「チャイニーズフード」、ブライアン・フェリーにも通ずるニューウェイヴとロマンチシズムの融合した「背中まで45分」はいずれも沢田研二への提供曲のセルフカバーだが、「Yellow Night」の作風を引き継ぎつつ、『スニーカーダンサー』前後で志向された「サウンドの心地よさ」も融合させた、絶妙なバランスに仕上がっている。

 ちなみに、この2曲についてはいずれも、沢田に楽曲を提案した際のデモ音源がそのまま収録された、という説もある。(1/2 P2はこちら

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