日刊サイゾー トップ > 社会  > 折りたたまれたドル紙幣を拾ってはダメ?

「折りたたまれたドル紙幣を拾ってはダメ」…身を守る術めぐる「真贋論争」

「折りたたまれたドル紙幣を拾ってはダメ」…身を守る術めぐる「真贋論争」の画像1
テネシー州ペリー郡保安官事務所が公表した折りたたまれたドル紙幣

 「折りたたまれたドル紙幣が落ちていても、絶対に拾うな」――。昨年夏ごろ、米国内でしきりと語られた話だ。合成麻薬のフェンタニルが包まれていることがあり、拾うと無意識のうちにフェンタニルを摂取してしまう危険があるからだ。秋になった頃には、市井の会話からこの話題はほとんど消えたが、今月、フロリダ州のローカルニュースサイトの小さな記事を偶然に目にし、この「教訓」を思い出した。

 ビレッジズ・ニュースによると、フロリダ州ワイルドウッドの地元警察は2月6日、コンビニエンスストアで不審な行動をしていたミシガン州カウカウリンに住む男(35)を麻薬所持の容疑で逮捕した。ナイフと注射器のほかに、折りたたんだドル紙幣を所持していた。紙幣をほどくと中に白い粉があり、分析の結果、フェンタニルであることがわかった。

 麻薬常用者はコカインにせよ、フェンタニルせよ、固く折りたたんだドル紙幣に包んで粉末を持ち歩くことが多い。鼻から粉末を吸引する場合、丸めたドル紙幣を使うからだ。紙幣で粉末を包めば、モノと道具をまとめて持参できる。逮捕された男も、自分で使うために所持していたのだろう。

 闇の世界ではありふれたこの「合理化の産物」が、公共の場所でいきなり見つかれば、米国でも騒ぎを引き起こす。

 米南部で昨年夏、フェンタニルを包んだ折りたたまれたドル紙幣がたびたび、公共の場で発見された。これが「拾うな!危険」というアラートに発展し、全国的な話題となった。

 テネシー州ペリー郡内で5月末、2カ所のガソリンスタンドで固く折りたたまれた1ドル紙幣が1つずつ見つかった。共に床に落ちていた。地元保安官事務所が調べたところ、フェンタニルと覚醒剤の粉末が包まれているのがわかった。

 ペリー郡のニック・ウィームズ保安官はこの事件を受けて、自身のフェイスブックのアカウントに「非常に危険だ。子供たちに、紙幣を見つけても拾わないよう言い聞かせてくれ」と書き込んだ。紙幣を拾った子供たちの手にフェンタニルが付着し、鼻や口、目などから体内に入ったら、健康に甚大な影響を及ぼしかねない。ウィームズ保安官には子供がいて、書き込みには父親としての正義感が強くにじんでいた。このため、書き込みは多くの市民の共感を呼んだ。

 テネシー州内外のいくつかの警察や保安官事務所も、ウィームズ保安官に共鳴し同様の呼びかけを発信した。

 ペリー郡ではその後、州立公園内でもこうした紙幣が見つかった。テネシー州の南に隣接するアラバマ州オレンジ・ビーチでは6月、アウトドア施設に遊びに来ていた1歳1カ月の男児が落ちていたドル紙幣を拾おうとしていたのを家族が見つけ、止めた。家族はウィームズ保安官の書き込みを読んでいて、危険を察知した。警察が調べたところ、フェンタニルが包まれていたことが判明した。

 7月にはテネシー州ナッシュビルで、家族と共にケンタッキー州から遊びに来ていた女性が、ハンバーガーショップのマクドナルドで1ドル紙幣を拾った後に、突然、呼吸ができなくなり病院に担ぎ込まれた。拾った紙幣からはフェンタニルの成分は確認されず、警察は症状を引き起こした原因を突き止めきれなかったが、女性と夫が全国ネットの朝のニュース番組に出演して「恐怖体験」を話したため、紙幣問題は一段と注目を集めることになった。

 ただ、このあたりから、「危険だが、そこまで恐怖を感じることはないのではないか」との声が強まった。フェンタニルはオピオイドの中でも毒性が強く、米疾病対策センター(CDC)によると、毒性はヘロインの約50倍、モルヒネの約100倍と言われている。正規に処方されるフェンタニルは激痛を鎮静させるための薬だが、違法に製造されたフェンタニルはほんの少量の摂取でも死に至ることがある強さだ。

 ただ、無意識のうちに「二次的」な形で微量のフェンタニルが体内に入っても、重大な問題に発展するケースはまれだ、と指摘する専門家の声は少なくない。子供に注意を促すのは当然だが、過度に神経質になるのは行き過ぎだとの意見だ。

 米国では麻薬鎮痛剤のオピオイドの過剰摂取が社会問題となり、摂取による死者は年間10万人を超えている。フェンタニルは米国の「麻薬戦争」の主役のひとつだ。2月7日に行われたバイデン大統領の一般教書演説でも、フェンタニル対策の強化が政権の重要課題として盛り込まれた。

 メキシコの犯罪組織などがフェンタニルを米国に密輸しているが、その原料は中国で製造されており、米国の対中政策の大きな課題にもなっている。ブリンケン国務長官の訪中は中国の偵察気球問題で延期となったが、この訪中でもフェンタニル問題は最優先課題の1つとして議題に上る予定だった。

 フェンタニルをめぐるこうした米国の実情が、「拾うな!危険」の背景にある。その一方で、米国の都市部で流通しているドル紙幣の約90%に微量のコカインが付着しているということも、マサチューセッツ大ダートマス校の調査などで明らかになっている。フェンタニルを包んだドル紙幣を過度に恐れることはないという声も、麻薬が蔓延する米国では筋の通った話である。

言問通(フリージャーナリスト)

フリージャーナリスト。大手新聞社を経て独立。長年の米国駐在経験を活かして、米国や中南米を中心に国内外の政治、経済、社会ネタを幅広く執筆

ことといとおる

最終更新:2023/02/13 09:00
ページ上部へ戻る

配給映画

トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • twitter
  • feed
特集

【4月開始の春ドラマ】放送日、視聴率・裏事情・忖度なしレビュー!

月9、日曜劇場、木曜劇場…スタート日一覧、最新情報公開中!
写真
インタビュー

『マツコの知らない世界』出演裏話

1月23日放送の『マツコの知らない世界』(T...…
写真
人気連載

山崎製パンで特大スキャンダル

今週の注目記事・1「『売上1兆円超』『山崎製パ...…
写真
イチオシ記事

バナナマン・設楽が語った「売れ方」の話

 ウエストランド・井口浩之ととろサーモン・久保田かずのぶというお笑い界きっての毒舌芸人2人によるトーク番組『耳の穴かっぽじって聞け!』(テレビ朝日...…
写真