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社会がみえる映画レビュー#9

『エスター ファースト・キル』前作のネタバレ不可避だが、驚きの仕掛けが

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 ホラー映画『エスター ファースト・キル』が3月31日から公開されている。本作は前作『エスター』から数えて、なんと13年ぶりの続編であると同時に、その前日譚となっている。

シンプルに面白いが、観ると前作のネタバレが不可避に

『エスター ファースト・キル』前作のネタバレ不可避だが、驚きの仕掛けがの画像1
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 結論を先に申し上げておくと、本作は「前作の二番煎じにならないアイデアが生きた続編として、しっかり面白い」内容だ。物語そのものはシンプルなので、前作を観ていなくても、特に予備知識がなくても楽しめるだろう。

 だが、この続編から観てしまうと、前作のとある「秘密」が不可避的にネタバレになってしまう。その秘密は『エスター』のもっとも重要な要素と言っても過言ではないが、今ではそれなりに有名になってしまったので「もう知ってる」方もいるだろう。だからこそ、そのネタバレを踏まずに観られることは貴重なので、やはり何も知らない方こそ前作を先に観てほしいのだ。

 そして、今回の『エスター ファースト・キル』を紹介するとなると、やはり前作のネタバレは避けられない。そのため、ここからは完全に『エスター』のネタバレとなるので、ご注意いただきたい。

※以下、今回の『エスター ファースト・キル』の核心的なネタバレは避けていますが、前作『エスター』のネタバレに触れています。ご注意ください。

「バレないように努める」サスペンスが生まれる

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 この『エスター ファースト・キル』の物語は、前作の終盤でも少し言及されていた、北欧エストニアの精神科病院から始まり、エスターが残忍な殺人鬼になっていく過程……というよりも「すでに殺人鬼になっていた事実」が描かれる。そして、彼女はとある失踪した娘を持つ家族の元へ行き、容姿が似ていたその娘に「成り代わろう」とするのだ。

 前作のエスターはあくまで「養子として迎え入れられる」立場であり、その時点では何かを疑われる要素は少ない。だが、今回はエスターのほうに「失踪した娘とは別人だと家族にバレないようにしないといけない」という、さらなる難題がプラスされているというわけだ。

 失踪から4年が経って成長している(設定)とはいえ、大好きだった祖母がすでに他界していることを忘れていた(知らなかった)り、以前は興味を示さなかった絵の才能を発揮するなど、「ボロが出てしまう」要素が満載。今回は悪役である殺人鬼のエスターのほうにこそ「バレるのかバレないのか」とハラハラするサスペンスが生まれており、それが前作の二番煎じにはしないアイデアのひとつなのだ。

大人を子どもに見せる工夫はされているものの……

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 ネガティブな意見をあげて申し訳ないが、おそらくは多くの人が気になってしまうことに「撮影当時23歳のイザベル・ファーマンが子どもには見えない」ということがある。

 もちろん、イザベル・ファーマンを子どもに見せる工夫は入念にされている。虹彩を大きく見せるためにコンタクトを入れる他、共演者が厚底靴を履いたり、代役として子役を起用したり、カメラアングルを工夫し遠近法も用いるなどして、徹底して低身長に見せている。

 イザベル・ファーマンは実年齢よりも若く見える俳優ではあるし、自身も前作で苦労して勉強した方言を再び学び、子どもの頃とは声が変わっていたのでピッチを高くしながら話すよう努めたそうだ。

 それでも、やはり彼女の顔のアップになると「やはり大人だな」と思ってしまうのは、苦しいものがあった。イザベル・ファーマンが続投してこその『エスター』という作品なのだろうし、作り手が十二分に努力をしていることもわかるのだが、それでも「大人が子どもを演じることは実質的には不可能」ということも思い知らされてしまったのだ。

子どもには見えないこともプラスに感じられる理由

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 だが、物語を追うにつれて、エスターが「大人にしか見えない」ことも、実は大きなマイナスにはなっていない、むしろプラスに思える場面もあった。その理由のひとつは、「大人が子どものフリをしている不気味さ」が良い意味ではっきり表れていることにある。

 前作では、エスターがまさに「子どもにしか見えない」ことが、「無邪気さ」ゆえに凶悪な行動をしている「ように思える」という怖さ、そしてどんでん返しにつながっていた。だからこそ「エスターを演じるのは絶対に子どもでなくてはならない」作品だったのだ。

 だが、今回はそのネタが完全に割れている状態。観客はエスターが大人だと完全にわかった上で観ているため、子どもが演じる必要性はかなり薄まっている。いや、それどころか、彼女が「がんばって子どもを演じようとする」様が、良い意味で半ば滑稽に思えてくる。

 何より、イザベル・ファーマンの表現力そのものが素晴らしい。バレそうな言動をして「やってしまった」をごまかそうとする演技が実に上手いのだが、さらに「見えないところで大人のような振る舞いをする」様があっけらかんとしすぎて笑ってしまう。ほぼほぼブラックコメディ的な要素さえも、「どう見ても大人な」印象にシンクロして面白くなってもくるのだ。

 そして、「大人にしか見えない」ことがさらに生かされているのは、今回のネタバレ厳禁部分。前作がそもそもどんでん返しが重要な作品だったので、それに匹敵するサプライズを仕込むことは難しいだろうと思っていたら、これが実に「な、なるほど、その手があったか!」と感心するものだったのだ。その瞬間の驚きを楽しみにしてほしいし、それ以降も「どう見ても大人」がプラスになる「黒い笑い」が満載で嬉しかった。

普通にはなれない者の悲劇

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 前日譚となる本作のストーリーも担当した、原案者のアレックス・メイスは、エスターについて「決して普通にはなれないと感じている」「いつも自分を“異常者”のように感じている」などとも述べている。

 エスターは極めて知性的で、人の心を操る能力にも長けており、生き方によっては社会性を持った優秀な人物になれる可能性を見出せなくもない。だが、結果的に彼女の振る舞いは人々を互いに対立させ、自暴自棄なまでの残虐性に発展するという悲劇がある。

 エスターはほぼほぼファンタジーと言っていい邪悪な存在でもあるが、社会からこぼれ落ち、「普通にはなれない」「異常者だ」と自身の負の感情を増幅させ、その結果として犯罪や殺人にまで発展してしまうケースは現実にもたくさんある。

 うがった見方ではあると思うが、「子どもにしか見えない殺人鬼」であるエスターは、見た目だけでなく精神的にも未熟だからこそ、殺人や犯罪を犯してしまうことのメタファーとしても取れる。荒唐無稽にも思える本作のようなホラー映画から、そうした現実の問題を考えて観るのも、意義深いことであるはずだ。

『エスター ファースト・キル』
監督:ウィリアム・ブレント・ベル
脚本:デヴィッド・コッゲシャル
原案・製作総指揮:デヴィッド・レスリー・ジョンソン=マクゴールドリック
プロデューサー:アレックス・メイス/ハル・サドフ/イーサン・アーウィン
出演:イザベル・ファーマン
ジュリア・スタイルズ ロッシフ・サザーランド マシュー・アーロン・フィンラン
(アメリカ/99分/R-15/カラー/5.1ch)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2023/04/13 19:48
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