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社会がみえる映画レビュー#8

『ロストケア』松山ケンイチと長澤まさみの「対決」で浮かび上がる現実の問題

『ロストケア』松山ケンイチと長澤まさみの「対決」で浮かび上がる現実の問題の画像1
C) 2023「ロストケア」製作委員会

 『ロストケア』が3月24日より上映され​​ている。原作は葉真中顕による2013年に刊行された小説で、実に10年の時を経ての実写映画化となる。

 なるほどセンシティブな題材だけに完成まで時間がかかったことも納得できるし、かつテーマは全く古びていない、良い意味で「攻めて」いながらも、とても誠実な作品だった。何より、後述する松山ケンイチと長澤まさみの一世一代の熱演を見届けてほしいと願うばかりだ。具体的な作品の特徴と魅力を記しておこう。

殺人鬼を「理解してしまいそうになる」のが恐ろしい

『ロストケア』松山ケンイチと長澤まさみの「対決」で浮かび上がる現実の問題の画像2
C) 2023「ロストケア」製作委員会

 物語の主軸となるのは、献身的な介護士として慕われていた青年が42人を殺害した事実が明らかになるも、彼はそれを「殺人」ではなく「救い」だと主張すること。それに対して検事が真っ向から「裁く」ために対話を試みるのだ。

 現実にもある介護の困難が背景にある殺人や心中の事件、つまり「介護殺人」が、連続殺人にまで発展してしまう様をフィクションとして描いているというわけだ。そして、何より恐ろしいのは、その殺人鬼であるはずの青年を「理解してしまいそうになる」ということだった。

 何しろ、劇中では過酷な介護によって気が滅入るどころか、介護者が精神的にも肉体的にも限界まで追い詰められる様も示されている。「救い」という大義名分をあげ、その状況から逃れさせるために人殺しをするというのは、絶対に間違っているとはわかっている。だが、その認識が「揺らいで」しまいそうにもなるほど、「どうしようもなさそう」に思えるほどの、辛い状況を観客は目の当たりにするのだ。

 本作が連続ドラマなどではなく、劇場でかかる映画になって良かったと、心から思う。それほどまでに、連続殺人鬼の心理や主張は(もちろん作品に必要なものであることを前提として)危険なものだった。もしも、これがテレビ放送されていたら、殺人鬼の発言だけを切り取る形で悪い意味で話題となり、苦情が殺到していたかもしれない。

 もちろん、どれだけ正当性を主張しようが、どれほどの揺るぎない「信念」であろうが、青年がしていることは断固として許されない連続殺人であることも、劇中でははっきりと示される。センシティブな題材に対して、作り手が臆することなく、殺人鬼の心理や主張も含め「ここまでやりきった」からこそ、強い問題提起と意義のある作品になったと言っていい。

松山ケンイチが演じるのは「普通の青年」でもあった

『ロストケア』松山ケンイチと長澤まさみの「対決」で浮かび上がる現実の問題の画像3
C) 2023「ロストケア」製作委員会

 その連続殺人鬼の青年を演じた松山ケンイチの「凄み」は筆舌に尽くしがたいものがある。はっきり「使命」と信じて冷静に殺人を繰り返していく様そのものが恐ろしいが、彼がなぜ「そうなってしまったのか」をも、その表情で見事に表現してみせていたのだから。

 また、松山ケンイチ自身は日本福祉大学で行われた公開特別授業(ORICON NEWSの記事https://www.oricon.co.jp/news/2271939/full/より)にて、自身の役を演じるにあたって「皆さんと何も変わらない、異常者ではないというのを大事にしました」と語っている。それは、普段の彼が善良な青年に見えるというだけでなく、彼が抱えている心の闇や葛藤そのものは「誰もが持ちうるもの」という提言でもあるのではないだろうか。それも含めて、彼は確かに「どこにでもいる普通の青年」を確かに演じ切っていた。

 また、松山ケンイチは2022年の『ノイズ』で松山ケンイチは「ウソをつくのが上手い青年」を演じていた。憂いを帯びているように見える一方、その真意が読みにくくもあるが、だからこそ「ここぞ」という時の感情表現に圧倒されるというのも、松山ケンイチという俳優の強みなのではないだろうか。

 そして、その松山ケンイチと劇中でお互いの主張をぶつけ合うという意味でも、お互いの俳優としての力を見せつけるという意味でも「対決する」、検事を演じた長澤まさみも素晴らしい。極めて知的かつ常識的な人物であるからこそ、声を震わせながらも怒りをぶつけるものの、彼女もまたまた心の中ではやはり「揺らぎ」があることも、その表情から存分に感じさせたのだから。

問題に対しての宿題を持ち帰る意義

『ロストケア』松山ケンイチと長澤まさみの「対決」で浮かび上がる現実の問題の画像4
C) 2023「ロストケア」製作委員会

 劇中の主たる問題は、「殺人をも考えてしまう」「その他の選択肢がない」ほどの状況がなぜ生まれたか、ということだろう。

 もちろん認知症の症状そのものが深刻ということもあるだろうし、要介護者に対して介護士の人数が足りていない、介護のため働けなくなっても生活保護の申請が通らないなど、福祉の体制のことも劇中では示されている。だが、「これが答え」と明確には示されてもおらず、観た人それぞれが「この宿題を持ち帰る」ようになっているのも誠実だった。

 また、先にもあげた日本福祉大学で行われた公開特別授業にて、松山ケンイチは「周りの人たちが孤立させない事が大切」などとも語っている。なるほど、それも本作で描かれた問題に対しての、ひとつの明確かつ有効なアプローチだろう。

 さらに、劇中には連続殺人鬼の青年が、検事が主張する「家族の絆」について、キレイゴトだ、欺瞞だと言わんばかりに冷笑をする場面もある。それもまた攻めてもいるが、だからこそ劇中で示される「愛情」もまた、絶対的に尊いことなのだとも思える、そこにこそ感動がある物語でもあった。

 なお、原作者である葉真中顕は「原作を大友と斯波の対決を中心に据えた人間ドラマにアレンジすることで、核となるテーマを見事に描ききった前田哲監督ほか、スタッフ、キャストのみなさんの手腕に脱帽です」と絶賛のコメントも送っている。原作もあわせて読めば、より問題について主体的に考えられるきっかけになるだろう。

『ロストケア』3月24日(金)全国ロードショー
出演:松山ケンイチ 長澤まさみ 鈴鹿央士 坂井真紀 戸田菜穂 峯村リエ 加藤菜津 やす(ずん) 岩谷健司 井上肇 綾戸智恵 梶原善 藤田弓子/柄本 明
原作:「ロスト・ケア」葉真中顕 著/光文社文庫刊
監督:前田哲
脚本:龍居由佳里 前田哲
主題歌:森山直太朗「さもありなん」(ユニバーサル ミュージック)
音楽:原摩利彦
制作プロダクション:日活 ドラゴンフライ
配給:日活 東京テアトル
C) 2023「ロストケア」製作委員会

ヒナタカ(映画ライター)

「ねとらぼ」「cinemas PLUS」「女子SPA!」「All About」などで執筆中の雑食系映画ライター。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

Twitter:@HinatakaJeF

ひなたか

最終更新:2023/04/13 19:48
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