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慶応大学・藤井丈司氏に聞くZ世代の音楽事情

シティポップとボカロ、相反するようなジャンルが同時にZ世代にウケる理由

商業的でないからこそ発展したボカロ音楽

──藤井さんは以前「Z世代がシティポップに惹かれる理由は、デジタルな情報が社会の中心にない時代の“しっとり感”や“ゆったり感”なんじゃないか」とFacebookで書かれていましたよね。そこでデジタル中心でない社会の象徴をシティポップとした場合、その対となるのは、デジタル中心の社会だからこそ発展した「ボカロ音楽」ではないかな、と思います。現代のZ世代を魅了するシティポップとボカロ音楽について、藤井さんはどのようにお考えですか?

藤井 まず、ボカロに代表されるような言葉や情報が詰め込まれた音楽は、ゼロ年代の終わりごろに「初音ミク」というロボットに歌わせたのが始まりです。一方シティポップの源泉は、70年代に大人になり始めた音楽リスナーに向けて作られたAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)ですから。「ロボット」と「成長したロック世代」という、そもそも音楽の始まり方が全然異なりますよね。 

──若い層に向けられた音楽であるボカロ音楽は、ニコニコ動画を拠点として発展してきたジャンルですが、当初は「オタク向けのコンテンツ」というイメージがどうしても強く、世間には受け入れられにくい状況でした。それが今、ヒットチャートを占拠するくらいの人気を博してるわけですが、なぜボカロはここまで世間に受け入れられるようになったのでしょうか。

藤井 一つはボカロを熱心に聴いていた世代が今の音楽業界で活躍していることです。彼らの「新しい音楽を作らなきゃ」という切実な思いが、ボカロを後押ししていった。そしてボカロという音楽がここまで大きく発展してきたのは、ニコニコ動画という音楽業界ではないプラットフォームから生まれ、当時最悪の状況だった音楽業界に未来がなくて諦めていた人や音楽をやりたかったけどできなかった人たちが、商業的でない形で音楽を作ることができたからだと思っています。

 初音ミクの登場によりボーカロイド旋風が起こった07年は、CD不況などの影響で音楽業界はかなり傾いていました。そこでオーディションやコンテストを介さなくても音楽を発表できるニコニコ動画という新しいプラットフォームができたのは、音楽がやりたい若い人たちにとって「こういうのもありなんだ」という希望になったのではないかと思います。そうして生まれた新しい音楽シーンに、カゲロウプロジェクトの「じん」君や、ハチこと米津玄師さん、supercell のryoさんといった大きな才能が集まるようになった。こういう発展の仕方はヒップホップとすごく似ているなと思っています。

──ヒップホップですか!

藤井 うん。ヒップホップも一側面として、ある街でうろうろしている人たちがみんなでラップバトルして勝敗を決めるみたいな競争から発展していったわけでしょう。ボカロもニコ動という、新しいプラットフォームに若い人たちが集まって、お金が儲かるわけじゃないのに、どのくらいマイリスやコメントを稼げるかを競って成長していきましたよね。「質の良い人たちが無料で競争し合う環境」だったからこそ、ボカロというジャンルが成長していったのだと思います。実際にヒップホップもボカロも、当初は「あんなの音楽じゃない」と言われて育ってきたわけだし。

──そういう目もあって、ひと昔前は「ボカロが好きなんだよね」と言いにくい風潮がありましたね。

藤井 そうそう。2019年に「J-POP史」の最初の講義が始まったんですが、その頃は慶応の学生に聞いても「ボカロは暗い子たちが聴くもので、自分に関係ないものだと思っていた」と話す子がすごく多かったんです。それから数年たって、今年の講義では「ボカロはすごく身近な音楽だった」という意見にほとんどが変わっていました。期間でいえば3~4年くらいのことで、ずいぶん変わったんですよね、音楽観として一世代違うというか。ちょうどYOASOBIやAdoが出てくる前と後です。

──Adoや米津玄師らボカロ出身のアーティストたちの活躍はもちろん、初音ミクの大規模な3Dライヴなども開催されたりと、アンダーグラウンドのジャンルがここまで大きく世に出て評価されるようになったのは、日本では久しぶりですよね。もちろん、インディーズであっても、80年代のバンドブームや90年代に入ってからのHIPHOP、メロコアブームなど、インディーズがメジャーを凌駕するような現象はたくさんありましたけど。

藤井 はい。インディーズの活躍はずっとあったわけなんですけど、音楽業界以外のアンダーグラウンドなシーンから大きく成長したのは、60年代のアングラフォーク以来といってもいいんじゃないでしょうか。高石ともやさんや高田渡さんをはじめ、当時の学生運動の盛り上がりとともに、「アングラフォーク」と呼ばれるジャンルがインディーズのシーンから飛び出てきたわけですが、学生運動が落ち着いていくとともにフォークも停滞していきました。それを経てパーソナルな事柄を歌う吉田拓郎さんや井上陽水さんが出てきて、フォークは新しい形へと変わっていく。音楽業界以外のアンダーグラウンドなシーンからヒットが生まれるという流れはこれ以来ではないかと僕は思っています。日本では同人雑誌文化がありますが、それと似た感覚が学生運動に基づくフォークにも、ニコ動で二次元を基に発展したボカロにもあったのかなと想像しています。

──最近のJ-POPに言葉が多く詰め込まれているのも、ボカロ音楽の影響が大きいと思います。この「言葉を詰め込む」という発想はボカロならではのものなのでしょうか。

藤井 新しいジャンルというのは既存のものを否定する形で生まれていくので、それまでと作り方ががらりと変わって、「メッセージはこれだけあるんだ」とでも言うように必ず、言葉が詰め込まれていく傾向にあります。たとえば、吉田拓郎さんやサザンオールスターズもそうでした。拓郎さんの音楽はそれまでにない言葉の詰め込み方をしていたし、サザンの「勝手にシンドバッド」はあまりの言葉の詰まり具合に、当初「何を言っているかわからない」と感じた人も多かったんですよ。でも、「シンドバッド」を慶応の学生に聴かせたら、「これのどこが早口なんですか?」って、みんなに言われました(笑)。やっぱり言葉のスピードは変わってますよね、ずいぶん。

──既存の音楽に対して、新しい情報を詰め込む方向で進んでいるのが現状だとすれば、どこかのタイミングで反動が起きて「あえて詰め込まない」みたいなブームも起きるんですかね?

藤井 どうなんだろう……、未来のことはわからないのですが……そういえば、慶応で講義をする中でいろんな曲をかけるんだけど、一番、なんて言うんだろう……かけた曲へのリアクションが濃いのは、意外なことにスピッツでした。彼らに理由をたずねると「洋楽もボカロもアニソンもアイドルも好きだけど、本当は良い歌詞と綺麗な声と良いメロディの音楽をじっくりと聴くのが好き」という意見が多かった。一番音楽に求めるのは、それですと言われてちょっと安心しました。そこで選ばれるのがスピッツに代表される90年代のロックバンドなんでしょうね。あの声、あの歌詞、あのバンドサウンドに、ポップスという音楽の良質な部分を感じるみたいです。きっと子供の頃に両親と一緒に車で聞くとか、学校の音楽の時間や、卒業式で歌うとか、良いタイミングで出会っているんでしょうね。

──たしかに私も中学生の頃に音楽の授業でスピッツを歌いました。なので音楽に詳しくない子でも必ずスピッツという存在を知っていたし、1曲は歌えると思います。

藤井 ああ、なるほど。そういう子が多いのかもしれない。その時代に出会う音楽は、身体の奥に吸収されますからね。ほかに「聴いてみて1番衝撃的だった曲は?」というテーマで一番多く挙げられたアーティストは椎名林檎さんでした。「丸の内サディスティック」や「罪と罰」「ギブス」など曲はさまざまでしたが、どの曲に対しても「初めてちゃんと聴いたけど、こんなにすごいと思わなかった」という意見が多かったのが印象的でした。

──椎名林檎はボカロとJ-POP、あるいはJ-ROCKを繋ぐ存在、とも言えそうですね。最近だと、コード進行という本来ならば専門的な情報が「丸サ進行」とか「Just The Two of Us進行」というようにキャッチーな形で拡散され、これまで音楽の素養がなかった人にも浸透しやすかったのだと思いますし、「ベンジーあたしをグレッチで殴って」みたいに具体的な名称を出した歌詞も印象的でした。そう考えると、ボカロ音楽も彼女の影響を受けたものが多いと思います。

藤井 そうそう。林檎さんは本当に、90年代ロックとボカロの架け橋的な存在になっていると思います。ボカロは商業的な音楽じゃなかったから、歌詞の制約もなかった。人は「何を歌っても良い」となると、不条理なことや言っちゃいけない事を歌いたくなるんですよ。そういう意味では、林檎さんのボーカルや歌詞性がボカロに与えた影響は多いと思いますよ。

 それと、今のボカロはすごく精密で、学生が作ってくるデモを聴いても、ブレスの仕方はうまいし、音程の延ばし方も人間臭くできていて、僕でもパッときいて人間かボカロかまったくわからないくらいです。ただ、それが良い歌かどうかと問われるとわからない。視野を広げて世界のマーケットで考えると、声を身体全体で鳴らせるシンガーが多いし、歌は人間が歌うもんだとみんなが思っている。ロボットの歌なんて誰も聞こうとは思ってない、というか、想像もしてないんじゃないかな。「日本ではロボットの歌が流行ってるらしいよ」くらいの感じだと思う。そのかわり、海外の曲は人間の声をロボットボイスにする事が多い。その辺が少し違うところだと思う。ボカロならではのヴォーカルサウンドを引き出したヒット曲を、日本人が打ち出せると良いですよね。

音楽の聴き方が変わっても、エヴァーグリーンを求める心は変わらない

──ボカロが動画と一緒に広まっていったように、最近ではTikTokやインスタグラムで音楽が広まっていくことも珍しくありません。シティポップも同様に、動画を通して知ったという若い子も多いでしょう。こうした海外の流行り方とはまた違った形でシティポップが拡散されていくことをどう思われますか?

藤井 ぼくは素敵なことだと思いますよ。TikTokというここ10年程度で生まれたものに、40年前の音楽を取り入れて新しいものを作っているじゃないですか。新しいものと昔のものを組み合わせて何かをするというのは、若い人の得意技ですよね。

──動画をきっかけに音楽が広まることも珍しくない時代ですが、やはり昔と今では音楽の広がり方や聴き方は変わったと感じていますか?

藤井 もちろん思います。昔、MTV(音楽専門チャンネル。ミュージックビデオを中心に放送)が耳からの情報よりも視覚的な情報のほうが印象強いから、これからは音楽単体じゃなくて、ミュージックビデオが盛んになっていくんじゃないかという見方があったのですが、見事にその通りになりました。07年以降YouTubeやニコニコ動画が盛んとなり、今じゃ掌のうえにコンピューターがあって、動画と一緒に音楽が流れるというのが当たり前。それに伴って、BGMとして音楽が聴かれるようになったなとも感じています。

──最近は「サビは知ってるけどフルは知らない」という人も多いですよね。

藤井 ぼくは80年代から音楽の仕事を始めましたが、その頃から「サビが良くないと聴かれない」という流れはありました。90年代の初め頃、日本を代表する作曲家の筒美京平さんと仕事をしていて「今の人はサビから書かないとだめなのよね」なんて言われたこともありました。京平さんの時代は、まずAメロが良くないと聴いてもらえなかったのが、80年代、90年代とCMやテレビドラマのタイアップが増えるにつれサビだけ使われることが主流になり、Aメロよりもサビが重視されるようになっていったんですよ。その事を京平さんは嘆いてらっしゃいましたね。

──巷では「今は3分を超える音楽は聴かれない」と言われていますが、藤井さんもそう思われますか?

藤井 うーん、そういう聞き方は昔からあるし、誰かが面白おかしく言ってるだけだと思います。3分を越える音楽を聴きたくないときの自分もいるだろうし、友達とシェアするときはパパッと色んな音楽を聴きたいときもありますよね。でも、先ほどのスピッツが好きな学生たちの話のように、誰しも自分にとってエヴァーグリーンでスタンダードなものをじっくりと聴きたいときもあると思う。みんなの中に色んな自分がいるというだけの話で、時間帯や気分によっても音楽の聴き方は変わるんじゃないかな。

──なるほど。では最後に、今の日本の音楽たちがより世界で広まるには、何が必要だとお考えですか?

藤井 世界的なマーケットでヒットを目指すとなれば、J-POPという音楽と日本の音楽業界のいろんな部分を変えなきゃいけないんだけど。その中の一つとして、英語の詞にするか、もしくは日本詞と英詞を混ぜるのか、それとも母国語で勝負するのか、という選択肢がある。藤井風の「死ぬのがいいわ」がヒットした例がわかりやすいでしょう。あの曲はすごく良いタイミングでが英語が入る。しかも藤井風さんは英語の発音がすごく良い。「プラスティック・ラブ」もエンディングのコーラスが英語で、竹内まりやさんの英語がまた素晴らしい。こう考えると、英語でなきゃ、と思う人もいるでしょう。

しかし英語が多く含まれた曲で世界のマーケットを狙おうという人たちもいれば、「母国の言葉の音楽を失いたくない」という気持ちを持つ人たちが多いのもまた事実です。慶応の講義で最後に「これからJ-POPはどうなっていくと思うか」と聞いた時も、多くの学生が「海外マーケットに進出しなければならないのは市場原理としてわかるけど、自分たちの国の大衆文化として考えると、母国語の音楽を失ってはいけないと思う」という声が圧倒的でした。

マーケティングという側面と文化的側面が両立された音楽というものが、これからどう打ち出されていくか――。一音楽人として見守りたいなと思います。

宮谷 行美(ライター)

音楽メディアにてライター/インタビュアーとしての経験を経た後、現在はフリーランスで執筆活動を行う。坂本龍一『2020S』公式記事の執筆や書籍『シューゲイザー・ディスクガイドrevised edition』への寄稿の他、Real SoundをはじめとしたWebメディアでの執筆、海外アーティストの国内盤CD解説などを担当。

みやたにいくみ

最終更新:2023/04/24 17:49
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