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白鴎大学ビジネス開発研究所長・小笠原教授「勘違いの地方創生」特別編

茨城県結城市で街を利用した音楽フェス「結いのおと」を成功せた“実行力”

結城市がうまくいったから「じゃあうちも」は通用しない

茨城県結城市で街を利用した音楽フェス「結いのおと」を成功せた実行力の画像6
YUIPROJECT©

――小笠原先生にも少しお話をうかがわせてください。先生は結城市まちひとしごと創生推進会議会長として結城市にかかわっていますが、地方創生の研究者として他の自治体の取り組みもいろいろご存知の中で、「結いのおと」をはじめとする取り組みが成功したポイントはどこにあると考えていますか?

小笠原 まず前提として、同じ地域であっても自治体組織やその市民それぞれに気風の違いが存在します。隣町同士ですら、お住まいの方々の特性が全然違うのはよくあることなんです。その上で、私が結城市民の方たちと関わっていて感じるのは、臆せずものを言う方が多いというところです。会議などでも役所の管理職の方だけでなく一般市民もズバズバものを言う人が結構いらっしゃって、それが面白いなとずっと思っていました。

 野口さんたちの「結いプロジェクト」も、そうした地域だからこそやりやすかった側面があるのではないでしょうか。沈黙を保ったり遠巻きに眺めたりしている方ばかりの地域も多い中で、結城市の方はものを言う代わりに理解したらちゃんと応援してくれる。それもひとつの要因だったのではないかと考えています。

――気風の違いが関係してくると。

小笠原 だって普通は嫌ですよね。自分の生活範囲で大きなライブがあって突然外部から何千人ものお客さんが来て街中を歩き回るって、住んでいる方からすれば面倒なはずなんですよ。もちろん、野口さんたちも当初はものすごくご苦労なさったと思います。でも単に仕事としてこなしているのではなく「地域のため」という大きな軸の中で仕掛けていって、地元の方も「地域のためならちょっと我慢しよう」、もう一歩進んで「手伝ってみよう」となっていった。それには下地として地域の気風も非常に深くかかわっていると思います。

 おそらく今、地元の方々も「結いのおと」を含む一連の取り組みに誇りを持っていると思うんですよ。もちろん知名度が上がって経済的に潤うという具体的なメリットも大事だけれど、まずは自分たちの地域の誇りを生み出すことに成功したのはたいへん素晴らしいことです。逆にいえば、結城市がうまくいっているからといってほかの地域が真似をしてうまくいくと思ったら大間違いなんですね。

――野口さんのもとに他の自治体から「うちでもやってみたい」という相談が寄せられることはあるんですか?

野口 たくさんあります。でも小笠原先生に言っていただいたように、具体的に話してみると「ちょっとうちでは難しいな……」と帰っていかれることが多いですね。

小笠原 同時にもう一個大事なのは、市役所が前に出ていかない点です。結城市役所の方とお話する機会が多いんですが、幹部の方がよくおっしゃるのが「支援はするけど口は出さない」ということなんですね。これは実はすごいことです。

 さきほどクレーム対応の話がありましたが、同じ北関東でも、地域活性化で何かトラブルがあったときに強権的に処理しようとする自治体さんも存在します。ですが結城の場合は、困難や摩擦に上手に対応するスキルが地域にすでに根付いていて、内部化したほうが問題解決しやすくなってるんですよね。きっと我々が知らない小さなストーリーがたくさんあって、その蓄積の上に今の成功があるんだと思います。

なので、どこかの自治体が「うちの街でもやりたい」といって、役所が予算をつけて事務局を作って外部にブッキングを依頼して、クレーム対策は役所が出ていってねじ伏せて……とやっても決してうまくいきません。でもそういう地域のスキルの複合体って、外からはわからないんですよね。「なんか楽しそうな人たちが好きにやってるんだね」と思われてしまう。それはもったいないけれど、そういうふうに見せないのがかっこいいんだろうなとも思います。

野口 そうですね、ありがとうございます(笑)。

小笠原 それと、冷静に考えるとこうした一連の動きを見守ってくれてる商工会議所の度量の広さもすごいですよ。お堅い商工会議所や経済団体だったら野口さんが睨まれてもおかしくない(笑)。もちろんいろいろご苦労もあると思いますが、そういう組織的な度量や地域の理解の上に積み上げられたものだというのは重要です。

 商工会議所は経済にコミットする組織であり、特に現在は地域の持続性を生み出すことがひとつの課題になっています。その中にあって「結いのおと」を成功させたことで、北関東では「あの結いプロジェクトをやっている結城商工会議所」と認知されるようになっていますし、「あの野口さんがこう言ってるからやってみようか」という事例も見聞きします。野口さんが市民活動と商工会議所の両軸に足を置かれていることで、めぐりめぐってご本業にちゃんとつながっている。

野口 そうですね。会議所は地域の総合経済団体なので、地域の経済を良くするためにはやっぱり街を良くしていかないといけない。その上で公私混同というわけではないですが、商工会議所という看板が、自分がやりたいこととうまく噛み合って作用した部分はあると思います。音楽フェスが地域振興に必ずつながるのかといえば、そうではないことはもちろんわかっています。でもフェスが街中でできることは、多様なチャレンジの機会を創出することにつながるはずだと思っていました。「音楽フェスができるんだったらこういうこともできるんじゃないか」というように、結城でアクションを起こしたいと思ってもらえる土壌づくりをしようという思いはありました。

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――「結い市」から13年たって、そうした変化は起きていますか?

野口 最初の頃は「商店街によそ者が来て商売してる」なんて言われてしまうこともたくさんありましたし、お店を貸してくれる方たちも「こんなところ貸しても意味ないよ」と言っていたんですよ。でも外から来た方に褒めていただいたり、それこそ場所を貸した出展者の方がいい人だったりしたことで、意識が徐々に変わっていきました。そうやってだんだんと土壌が耕されていって、今では「よそ者」と言われた人たちが結城市でお店を構えて商売をしているんですよ。

――それはすごい変わりようですね。

野口 「こういう人たちがお店やりたいと言ってます」と話を持っていくと、地元の方たちも「いいね」「ちょっと考えてみよう」と返してくれるようになりました。こうした変化は何より嬉しい成果です。

――小笠原先生はさきほど「ほかの地域が真似をしてうまくいくと思ったら大間違い」とおっしゃっていましたが、直接的には無理でも、ほかの地域が何か学んで真似られることがあるとしたらどんなところだと思われますか?

小笠原 まず、役所の人が「この状況をどうにかしなきゃいけない」と動いた時点でアウトだと思うんです。結いプロジェクトが市民イベントであることは非常に重要です。それはつまり、街の課題に自分たちで気づける人が多かったということなんですよね。イベントをやろうと思ったら実は今はお金で買えてしまいます。

東京からミュージシャンを呼ぶのもイベント用の出店を揃えるのも、それらの専門の事務所や会社にお金を出せばある程度実現できる。でも結城の取り組みはそうではありません。自分たちでどうにかしなきゃいけないと思っている人たちがいて、そこに種が撒かれたからこそ成功できた。役所が直接頑張るのではなく遠回りしてでも市民の自発性を促す努力をしてきたところが地方創生において成果を出しているのは、結城の事例からも明らかです。

 それともうひとつ、野口さんの言葉の端々からは、地域の人口を増やすのではなくて生活の質を向上するんだという考えを感じます。どう考えても人口減は止まりません。どこの街も人口は減っていきます。その状況下で目指す地方創生の形が「人口は減っても住み良い街をつくる」でもいいわけです。多少人口が増えたってみんなが不満だらけの街はろくなものではないですよね。どちらを目指すのかもまた市民の判断にかかってきます。

 ですから「自分たちの気風や文化にあった取り組みを始めませんか?」というのが1つのアンサーになると思います。結城市では野口さんの処方箋がうまくいった、では自分たちの街ではどんな処方箋がマッチするのか? それを考えることこそが、結城市の事例から学ぶべきことだと思います。

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街なか音楽祭『結いのおと』

開催日時:2023年4月22日(土)11:00~20:00、 23日(日)11:00~18:00
会  場:茨城県結城市南北市街地にて
HALL:結城市民文化センターアクロス(第1・2ホール)、TOWN・:北部市街地(結城紬問屋/寺社/酒蔵/カフェなど)
https://www.yuinote.jp

斎藤岬(ライター)

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1986年、神奈川県生まれ。編集者、ライター。

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さいとうみさき

小笠原伸(白鴎大学経営学部教授、白鴎大学ビジネス開発研究所所長)

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1971年生まれ。白鴎大学経営学部教授、白鴎大学ビジネス開発研究所所長。都市戦略研究、地域産業振興、ソーシャルデザインなどを専門とし、国土形成計画や地域活性化・地方創生の現場に携わる。

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おがさわらしん

最終更新:2023/04/18 21:00
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